燐光群・坂手洋二 インタビュー


 The Permanent Way――直訳すれば“永久不変の道”となるが、イギリスでは“軌道(鉄道)”を意味する言葉である。
 いつまでも変わらないはずのその道は、民営化を境に、あまりに脆い姿を露呈した。
 何の反省も無く、誰も責任をとらず、繰り返される重大事故――。
 海の向こうで起こった悲劇は、尼崎の福知山線事故を目の当たりにし、かつまた郵政民営化が粛々と進む現在の日本に、幾多の示唆を与えてくれるだろう。

 いま、このタイミングでこの作品の上演を決めた演出の坂手洋二氏に、作品について、公共事業の民営化について、更には氏の作品づくりの根底にあるものについてまで、多くを聞いた。

坂手洋二
(さかて ようじ)

1962年、岡山生まれ。劇作家・演出家・燐光群主宰。
日本劇作家協会副会長、日本演出者協会理事、国際演劇協会日本センター理事。
山崎哲の【転位・21】を経て、'83年に【燐光群】を設立。以降、ジャーナリスティックな視点で社会問題に切り込む作品を発表し続ける。
地雷の問題を扱った近作『だるまさんがころんだ』では第12回読売演劇大賞・優秀演出家賞/選考委員特別賞、第8回鶴屋南北戯曲賞、第4回朝日舞台芸術賞を受賞。
(その他の受賞歴)
1991年、『ブレスレス ゴミ袋を呼吸する夜の物語』で第35回岸田國士戯曲賞受賞
1999年、『天皇と接吻』で第7回読売演劇大賞・最優秀演出家賞受賞
2002年、『屋根裏』で第54回読売文学賞、さらに『最後の一人までが全体である』『ブラインド・タッチ』も含め第37回紀伊國屋演劇賞、『CVR』『阿部定と睦夫』と併せて第10回読売演劇大賞・最優秀演出家賞受賞

民営化は本当に“改革”なのか

―早速、今作『パーマネント・ウェイ』のお話しから聞かせて下さい。坂手さんはあの尼崎の鉄道事故が起こる前から、この戯曲の上演を計画されていたそうですね。なぜこの作品をやろうと?

 デイヴィッド・ヘアーという作家がずっと好きだったんですよ。そのデイヴィッド・ヘアーの新作だということで紹介されましたので、やってみようかと

―日本で郵政民営化の動きが進んでいたことも関係した?

 それも若干はありました。といっても、1年位前のことでしたから、すぐに日本で郵政民営化が実現するという風にはなっていませんでしたけどね。でも、民営化はどの分野でもありますから

―そして、あの尼崎の事故が起きました。この時期にこの作品を上演すべきかどうか、坂手さんも悩まれたようですが…

 いや、そんなに悩むということでも無いんですよ。ただ、「どうなのかなぁ?」と。そういう事故があったからやるっていう風に思われるんじゃないかな、と

―では、ご自身の中ではあの事故があったことで、この作品をやる“意味”のようなものに変化は無かった?

 それは、あんまり変わり様が無いですね。ただ、“当事者性”というか、あの事故によって、日本でも鉄道事故というものが起こり得るということを、みんなが考えることにはなったんじゃないでしょうか

―そうした受け手の変化も含めて、この作品の上演に期待することは?

 「期待する」というところまではいかないですけど、民営化が果たして改革なのかどうか、本当に改革になっているのか、それは分からないっていうことを考えてもらえたらというのはあります。
 民営化が順調にいっている時はいいんですよ。でも、順調じゃなくなる時もあるわけですね。民営化して、結局上手くいかなかった、その時にどうするか――その時には、パブリックな、公(おおやけ)の意義の大きい事業は、公共が絶対に救わなくてはいけない。そうことを本当に真面目に考えた時に、「そんなに何もかも民営化することで物事が上手くいくはずはないだろう」っていう、当たり前のことを思うんですよ


―確かに英国鉄道の民営化は、民営化先進国のイギリスにおける大失敗例ですね。それを紹介するだけでもいろいろと考える契機になると思います

 そうですね。……まぁ、日本も似たようなものですからね。
 やはり民営化が為されれば、利益を出すという概念でカンパニーは動きます。当然、経費の削減が行われる。それが「無駄を無くす」というレベルならいいんですけど、やはり非常にキワドイ、安全の確保も無いような厳しい状態で働かされる人たち、下請けで働かされる人たちがいっぱい出てくるわけでしょう。
 “民営化”と言いながら、実は下請けに責任をおっ被せている――それは多くの場合、どの事業でも言えることです。その下請けの人たちはもしかしたら「それでチャンスが広がるんだから、いいじゃないか」と言うかもしれません。けど、実際にはそうはいかないわけですよ。非常に厳しい条件の下で使われることになる。…弱い立場の人にとって、非常につらい時代になっていると思いますよ。
 そんな現実がありながら、一方では日本の若者に「ニートになるな!」と言う。でも、それは無理な話ですよね。実際にそういう風に、仕事の環境が恵まれてないわけですから。 
 あるレールに乗れなかったらもう終わりだっていう諦めを生んでいる……こうしたことは日本だけでなく、資本主義の国の多くが抱えているもので、やはり貧富の差とか階級の差とかにどんどん繋がっていっちゃいますよね

自分自身を解放したい、という欲望

―その民営化という部分でも、また尼崎の鉄道事故を考える上でも、この作品は観る人にいろいろなことを気付かせてくれるのではと思います。こうした、“メディアとしての演劇”が持つ力を、坂手さんはどのように評価してらっしゃいますか?

 事件が起きて3日後とかには芝居はできないですから、遅いと言うか、ゆっくりと言うか……それはデメリットでもあるんですけど、でもその、ゆっくりであることに意味があるんじゃないですかね。マスコミ的にテレビとかニュースでどんどん流されていって、すぐに次のトピックスになって、という中ではゆっくり考えられないでしょう。だから、ゆっくりの良さ、というのがあると思うんです。それと、何の題材をやるのかということでも、わりと自由にやらせてもらえるのかな、と。
 …ただ、私はメディアをやろうと思って演劇を選んでいるわけではないんですよね。「演劇はメディアだ」っていうのも、演劇のある部分を突出させた言い方ですし。「メディアだといえるだろう」というぐらいのことですから。そんな中で、(自分の作品が)たまたまそういう側面が強くなっているっていうだけのことだと思うんです


―「そういう側面が強くなっている」とおっしゃるように、これまで【燐光群】は“人間の問題”、“社会的な問題”を強く見つめた作品づくりを続けてきました。そうした視点を生むもの、坂手さんの原点とは?

 何があるんでしょうねぇ(笑)。…まぁ、「物事は在るがままに在る」という風に普通は考えるんですけど、でも、在るがままな様でいて、やっぱりそれは人間が歴史の中で作ってきたこと、誰かが決めたルールやシステムの上に僕らがやっていることなわけです。だから、「物事の自然」とか「当たり前」というものに対して、「それは本当にそうなんだろうか?」と考えるのは、人間が持っている意識、本能の中では、非常に重要な部分だと思うんですよ。そういった、“物事の自明性を疑う”ということが、確かに大きいんだと思います。
 自明性を疑うっていうのは、言い方を変えるなら「物事はこうなっているんだから、こうしなさいよ」と言われることに対して、もうちょっと自由でいたいっていうことだと思います。「表現をしたい」とか、或いはさっき話に出た「メディアとして発信したい」とかっていう気持ちも、“自分自身が自由でありたいという欲望”だと思うんですね。
 やっぱり人間はどこか自由を求めて、解放されることを望んでいる。…それが何についての解放なのかは分からないですけど。自分自身の意識が自分を縛っている場合もあるでしょうし。いずれにしろ、「自分自身を解放したい」「自由になりたい」っていう気持ちって、無い方が変だと思うんですよ。
 「お金を稼ぎたい」とか「立派になりたい」って思う人もいるでしょうけど、そうした欲望も、やっぱりそれによって自由になれたり解放されると、その人たちが思っているからこそ持つわけです。でも、そういうことじゃなくて、本当に解放される、本当に自由になるということで、演劇ならではの何か手続きがあって、そこに惹かれて、それで私は演劇を観たり創ったりしているんじゃないでしょうか。そんな感じがします


―ちなみに、「社会派」と呼ばれることについてはどう思いますか?

 いや、別に…それでもいいし、そうじゃなくても、もう、どうでも(笑)。…でもなんかね、そういう狭いところに放り込まれるのは嫌だな、とは思いますけどね

第二弾、そして燐光群の来年は…?

―今作はデイヴィッド・ヘアー新作連続上演の第一弾。デイヴィッド・ヘアーの戯曲の魅力を、坂手さんはどのように感じていますか?

 ウェルメイド・プレイのときは、やっぱり上手く書かれていますし、人物像が非常にくっきりしていて、しかもユーモアがある。今回のようなドキュメンタリー・ドラマとなると、また全然違うんですけどね。同じ人の書いたものでもいろいろですから、「この人の」っていう風にまとめることはできないです

―では、デイヴィッド・ヘアーのドキュメント・ドラマの面白さは?

 …頑固なんでしょうね。イギリス人らしく、頑固に書いていますよね

―そういうところで、ご自身に通じる部分を感じます?

 いやいや、全然通じないですよ(笑)。私はそんなに頑固じゃないですから(笑)

―来年1月に公演を控えている第二弾、『スタッフ・ハプンズ』。こちらはどんなお話なのでしょう?

 これはイラク攻撃がなぜ起きたか、ということを書いている政治家のドラマで……まぁ、マンガみたいな、面白いドラマです

―イギリスの作家ですから、当然ブレア政権への当てこすりも出てきたり?

 出てきますね。ブレアもブッシュもラムズフェルドもパウエルもライスもチェイニーも出てきますから、面白いですよ

―9月にはテレンス・ラティガンの『ウィンズロウ・ボーイ』を演出されました。イギリスの劇作家の作品の演出が続きますね

 たまたまです。…でも、デイヴィッド・ヘアーのものを観たり読んだりして面白いと思ったところがあったので、イギリスのストレート・プレイに対しても少し間口が開いて、それでラティガンもやってみようと思ったのは確かですね

―最後に、今後の【燐光群】オリジナル新作発表の予定などがあれば、聞かせて下さい

 ちょっとねぇ……来年、いつになるか分からないですね(笑)。しばらく自分が書かないとなると色々なことができるかなと思って、それで色々やっちゃって、かえって忙しくなっちゃった(笑)

 民営化がもしも失敗したら……?
 この当たり前の疑問は、“改革”という言葉の、耳に心地よい響きの陰に埋もれがちである。だが、【燐光群】の“自由を求める心”は訴える。「当たり前のことを、ちゃんと考えよう」と。
 JR史上最悪の被害(死者107人、負傷者549人)を出した福知山線の、あの事故は何だったのか?
 民営化とは、ただ為すだけで積み上がった問題を解決する、魔法のようなものなのか?

 まさしくめぐり合わせという他は無いタイミングで上演されるこの芝居、必見である。

2005/11/9 文責・インタビュアー:北原登志喜 撮影・編集:鏡田伸幸


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