東京でもなく大阪でもない、愛知でも福岡でもない、四国香川の高松である。
高松の観劇文化の裾野を広げ、魅力ある舞台を生み出すために立ち上げられた高松市民演劇祭。「地元に根付いた演劇祭」を標榜するその高松市民演劇祭も、今年で第四回目を迎える。
〜〜・・・この市民演劇祭を地道に続けることで、今までに一度も芝居を見たことのない人に芝居を見る機会を与え、芝居を楽しんでもらいたいと・・・(中略)・・・四国高松は演劇王国だといわれるような、そんな地域にしたい・・・〜〜劇団マグダレーナHP「大西恵(大塚和明氏)のページ」より抜粋
今回のBACK STAGE REPORTでは、当演劇祭に毎年参加している劇団マグダレーナ代表大塚和明さんのインタビューと公演直前の劇団マグダレーナ稽古場から緊張感のある「リベ クラ」の稽古風景をお届けする。
BACK STAGE REPORT 〜高松市民演劇祭・劇団マグダレーナ【取材リポート、劇団マグダレーナ大塚和明、インタビュー】〜
取材リポート、稽古風景
劇団マグダレーナ 代表
大塚 和明 氏

2003年9月2日四国高松にも遅く来た夏の暑さが残る15時、劇団マグダレーナ代表の大塚さんに案内され、劇団事務所に向かった。事務所の壁には、今までの公演のポスターが所狭しと貼られている。
早速、高松の演劇についてのお話を伺う。

「演劇の鎖国状態」の中から・・・

― 大塚さんはホームページ上で「地域演劇の悲しい点は芝居を観る人が極めて少ないことだ」と嘆いてらっしゃいましたが、高松の、或いは香川県全体の演劇事情をどのように感じていらっしゃいますか?

これは香川だけじゃなくて全国的なものかもしれないけど、地域っていうのは・・・。昔は、例えば子供の場合だと学芸会や文化祭、大人の場合なら職場の演劇サークルだとか、青年団だとか、そういう活動の場が沢山あったんですけどね。僕が子供の頃も、いろんなところで頻繁にやっていたのを憶えています。でも、高度成長と共に、そういうものはどんどん消えていった。特に地域では消えてしまいましたね。職場にも演劇サークルはないし、青年団も・・・10年前まではまだ時々行事として出ていたけれど、今は聞かなくなりましたね。
・・・僕の考えなんだけど、新劇や商業演劇といったものは年に何回か来て公演を行っていましたが、一般市民の観たいものが上演されてないと思うんです。だから本当に、少しづつ(一般市民の)意識が芝居から遠のいていっている。・・・かつて60年代の東京を中心にしてやっていた ― 「生きのいい小劇場」、って言うんですか ― ああいうものの恩恵が四国にはないんですよね。彼らがここまで来てやってくれないですから。だから、(「生きのいい小劇場」の)作品も知らないし、あの時活躍していた人達も知らない。そういう意味で、「演劇の鎖国状態」がず〜っと続いていました。・・・70年代ぐらいかな、このあたりにもばたばたと劇団が出来始めるんですけど、ほとんどが中央に行っていた人が帰ってきて劇団を作るという形でした。マグダレーナも聞いた話ではそのような感じです

― 四国全体としての劇団間の交流はあるのですか?

5〜6年前に国民文化会で演劇祭をやった時に四国の劇団が参加したのですけど、その後の交流はないですね。・・・発表会なんですよ・・・作品を発表するだけで、何らかの運動的なものに形を持っていくまで出来てないんですよね。広がっていくというものはないですね

― 観客はどういった年代の方が?

劇団によってもはっきり分かれているんですけどね、出し物によって。
・・・僕が始めた時は若い人、それも若い女の子ばっかりでした。つまり、30・40過ぎの大人の男が客席にいなかったわけですよ。で、自分も歳をとっていくわけですけど、「俺らの年代が芝居見たらあかんのか!?」って(笑)。
それで「何で大人の男が来んのやろ?」と思って見たときに・・・やっぱり芝居の内容がね・・・‘自分探し’って言うんですかね、どれもそんな内容ばっかりだったんです。そんなものをナンボ観てもしょうがないって言うか、やっぱりちょっとでもガツンとくるような内容のものを何でやらんのやろ、と思いまして。だから、うちらも初めはニール・サイモンとかの既成台本でやっていましたけど、観客に厚みが出るように、何か訴えかけるように、大人の男も呼べるようにと、そこを重点的に変えていった。
おかげさまで今は中学生のお客さんから70歳ぐらいの方まで幅広く観に来てくれるようになりました。



Memo
劇団マグダレーナは1984年に旗揚げした当初はミュージカル劇団として活躍していたが、大塚さんの入団そして1994年の「沈黙のトルハルマン」をきっかけに社会派ものに作風が変わる。
「さぬき弁殺人事件」等、地域に根ざした題材を取り上げている。


― 高松の観劇者層を広げる、そこに懸ける熱意はホームページ上のコメントからも強く伝わってきます

例えば・・・僕が演劇に触れるのはほとんどBSの中継でなんですけど、ああいう演劇は観ていて退屈なんですよね。
ある種の演劇好きなら満足もするんでしょうけど、いわゆる普通の人、普通に生活している人がこれを観て面白いと思うんだろうか、と。やっぱりね、演劇というのは芸術を狙い過ぎていたと思うんですよ。そうなると、どうしてもごく普通の生活者は金を払って観に来ない。実際、演劇を見たことない人はこのあたりには物凄くたくさんおるわけです。で、そういう演劇見たことない人がターゲットにもされていない。
でも、うちらはそれではあかん、と。それでは先細りしてしまう、と。・・・高松でそういうもの(演劇公演)に行こうって人はね、200人だと思うんですよ。30万で200人。例えばニール・サイモンをやるという時 ― 東京だったらニール・サイモンを知っている人がたくさんおるでしょうけど ― 高松でニール・サイモンと聞いて「それなら」と劇場に足を運ぶっていう人は、ええとこ200人です。そこをう〜んと拡げていきたい。その為には、そこらでラーメン食っているお兄ちゃんや、うどんすすってるおじちゃん、おばちゃんがとりあえず行ってみて「あぁ、面白かった。この劇団やったらまた次行きたい」と思ってくれる、そういうものがいるんやないか、と。
演劇の底辺を拡げるっていう事は、幅広い観客層の、そういう想いを広げていく事やということで、うちはここ5〜6年、そういう形のものを作り続けているんです

瀬戸内の演劇祭へ

― さて、高松市民演劇祭ですが・・・以前大塚さんが「大体この種のものは3回でポシャルことが多い」と懸念していましたが、今回で4回目を迎えます。無事にヤマを越したようですね

もともと演劇祭というのはあったんですけどね。ただ、国民演劇祭を最後に演劇祭は開かれなくなって、4年前に「なんかせなあかんやろ」ってことで始めたんです。来年、新市民会館サンポート高松というところが出来るんですね。そこで来年からはサンポート演劇祭と名前を変えて、もう少し岡山とかいろんなとこを呼んで、ちょっと大きいものを作りたい、って考えてます。<瀬戸内の演劇祭>と呼べるようなものにしていきたいという想いもあって。準備中なんですけど、岡山の方からも2劇団が「来たい」って言って来ています。
それによって瀬戸内海の演劇が変わっていくんじゃないかと思っています


― 「高松の観劇文化の裾野を広げる、地元に根付いた演劇祭」を標榜していますが、過去三回全てに参加していらっしゃる【劇団マグダレーナ】さんから見て、その成果をどのように感じてらっしゃいますか?

うーん・・・「これをやったからこうなった」というのは正直わからないですね。演劇祭をやって高松市民に大きなプラスあったか・・・それはまだ、ね。まだですね・・・ただ、地方でそういうものを潰さないでやってきた、という所は評価できるかと思いますが・・・。続けることによって、来年のサンポート演劇祭に繋がっていったと思うんですよね。それがなかったら繋がらなかった。

人に語り継ぐ

― 今年で劇団マグダレーナ結成19年、来年は20周年を迎えますね。節目に向けて企画していることはありますか?

そうですね。丁度演劇祭と重なりますので、20年目のものをやりたいと思ってはいるんですけど、構想としてはまだボゥ〜っと・・・。来年は横の繋がりもありましてね。平和記念室というところから特攻隊の話を作って欲しいということで『讃岐の特攻隊』を作る予定にはなっています。高松にも昔飛行場があって、その飛行場から特攻隊員が出て行ったという記録が残ってまして・・・。ただ、肝心の20周年の作品はまだで・・・

― お芝居の構想に1年ぐらいかけることもあるとか

そうですね。資料を集めたりするんで・・・従軍慰安婦の話なんかだと、一つの資料だけでは十分じゃなくていろんな資料が要りますし、まだ存命の人の話を聞いたりだとかもあって、こ一年ぐらいかかりましたね。
昔はアジアに日本が侵略した話などやっていたんです。ただ、今はちょっと朝鮮事情が良くないんで、今やるのは怖いんですよね。
今やらなあかんのかという気もしますけど・・・やるとやっぱりね、「殺すぞ」って言われるんで(笑)。
実際、従軍慰安婦の時はありましたね、そういうの。
でも戦争を知らない世代っていうのがほとんどになってきているから、そういう、人に語り継ぐって言うか、「我々はこういう過去を持っている」ということをちゃんと知らせる必要はありますね。
僕は「芝居にメッセージはいらない」って言う人達はあんまり好きでないですね。やっぱり何か上演する以上はね、メッセージを伝える事は大切だと思います


― お芝居は讃岐弁で演じられるそうですね

これは僕ね、「絶対やらなあかんな」と思ってね。ここで生を受けて10年20年育ってきている人が喋るわけで、共通語を喋ってもやっぱり訛りますよね。その「訛った共通語」っていうのが変なわけで、だから必ずアンケートでその点を指摘されたんですけど・・・訛りを直すって、それだけでむちゃくちゃ時間がかかるんですね。意識してしまって稽古にもならない。だから「もうこれは止めよう」と。もう10年ほど前から讃岐弁でやってます。日常使っている言葉を使うと、みんな気にしなくなって、良くなった。生き生きしてきましたね

極限状態の中で人間は・・・

― さて、今作『リベ・クラ』ですが、少年犯罪を題材にしているとか・・・難しい問題ですね

そうですね。これも二転三転したんですけどね。どう表現しようかと。
きっかけは山口の母子殺人事件なんですが、記者会見の場で夫が「極刑を望みます」と言うた・・・。
要するに、その家族にとって極刑とはどういうことか、被害者家族にとって極刑とはどういうことかと・・・
劇団員にもディベートさせたんですが、色々な意見があるわけです。死刑反対だとか・・・。
で、もし家族が目の前で殺されたら、99パーセント相手を殺すという・・・。
極限の状態で人間はどうなっていくのか。一人の人間が、如何に変わっていくのか。
今回はストーリーというよりも人間が変わっていく様を出したいなと・・・
役者にとってはきついでしょうけど(笑)


― 長崎では少年が少年を殺害するという事件がありました。このような時代の中で演劇が訴えかけるものの持つ力とは?

・・・うちなんか、どんなに入ったって1000人ですから、それだけの人間にしか訴えかけられないんですけど、
でもやっぱり訴えたことがその人の中に入ってきた時に「これはどうなんだ?」と問い直すことが出来ますよね。大切なのは、その問題を突き付けられた時にその人が「どうなんだろう」と、ちょっとでも考えてくれる、そういう機会を与えることだと思うんですよ


― 見所を1つ挙げるとすれば?

一人一人が90分の間に変わっていく様を見てもらいたいです

― 最後に、今公演へ向けての抱負をお聞かせください

芝居を観た事のない人に観てもらって、芝居が面白いってことを感じてもらって、劇場に足を運んでもらう。そういう人が一人でも多くなるように、と思ってます。普通の人が芝居を楽しむ、早くそういう状況になって欲しいですね

― ありがとうございました

(文中、一部敬称略)
2003/9/2 文責・インタビュアー・編集:鏡田伸幸  撮影:ゆ〜じWATA

BACK STAGE REPORT 〜高松市民演劇祭・劇団マグダレーナ【取材リポート、劇団マグダレーナ大塚和明、インタビュー】〜
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