1995年1月17日、午前5時46分。
震度7、マグニチュード7・3とされる大規模な地震が、阪神間と淡路を襲った。
死者6433人、負傷者4万3792人、全壊住宅10万4906練……歴史的な惨事となったあの出来事を、「舞台演劇」として再構築しようという【劇団タコあし電源】。
これまでエンターテイメント性の高い舞台を公演してきた彼らが、あえて今「あの出来事の追体験」に挑戦する……果たしてそこには、どのような思いがあるのだろうか。

今回のBACK STAGE REPORTは、その脚本・演出を手掛け、TVドラマの作家としても活躍中の、現地出身者である【タコあし電源】主宰・岡本貴也氏、そして実際に震災を体験した出演者にお話を伺い、今公演への、そして震災への思いを語って頂いた。

BACK STAGE REPORT〜タコあし電源 『阪神淡路大震災』〜 【本貴也インタビュー1】〜
本貴也インタビュー2橋幸生 役者インタビュー】【多彩子 役者インタビュー】【本展弘 役者インタビュー
本貴也 氏(劇団タコあし電源 主宰)
1972年 神戸市生まれ

・早稲田大学院で生物物理学を修了、理学修士。久世塾一期生。書籍・雑誌編集者を経て糸井重里賞受賞作品『降霊!同窓会』で脚本家・監督デビュー。現在、日本脚本家連盟員。
・2006.秋〜デジタルハリウッド大学(特区)にて非常勤講師。
◆代表作(脚本)
CX「世にも奇妙な物語(自分カウンセラー)」/TBS「太陽の季節」/YTB「乱歩R(白髪鬼)」/「ケータイ刑事 銭形愛」/「A side B」/「日ノ丸レストラン 映画&舞台版」ほか、タコあし電源全公演。
◆代表作(監督・演出)
映画「キッチンタイマー」
ZASH公演「再起動ロッケンロー」
ほかラジオドラマなども多数。
こに居たのと居なかった違いというのは、
物凄く大きいんです
――来年2005年で、阪神淡路大震災から10年を迎えます。それに先駆けて今やろうと決心された経緯から、まずお聞きしたいのですが。

いきなり個人的な話になってしまうんですけど……当時あの場にいなかった人間として、僕はこれまでずっと体験された方との壁のようなものを感じていたんですね。地元の神戸の友達や親と話しててもそうでしたし……。もちろん、僕自身も震災の影響というものは受けているんですけど、やっぱり彼らほどではない。じゃあ、震災前と後で、彼らの中でどういう変化があったんだろうか、と。その変化っていうのを表現しようとしたときに、演劇というのは最適なんじゃないかと思いまして。

――岡本さんには、出身者でありながら当時あの場所にいなかったことに自責の念があると聞いたのですが。

ありますね……。

――それは例えば、何もできなかった悔しさなのでしょうか?

後悔ですね。後々になってこんな風に思うということは、後悔なんだろうと思います。当時、やろうと思えばできた事はあったはずなのに、東京で大学に通ったりして、誤魔化しながら逃げていた。

――それがまさに、ご自身の中の「震災体験の欠けた部分」であると。

はい。それを埋めたいという思いが、まず最初にありましたね。でも、脚本を書いていて、これはやっぱり埋まらないな、と。今回の舞台でも、地震後の72時間ぐらいというのがヤマ場になっているんですけど……やっぱりあの時、実際にそこに居たのと居なかった違いというのは、物凄く大きいんです。

――それだけに、公演を打つに当たっては怖い部分もあるとか……。

怖いですね(笑)。まず、「本当にやっていいのかどうか?」という疑問がずっとありました。……でもそんな中で、神戸新聞さんや出演者の被災者の人間たちが後押ししてくれたのは、凄く大きかったです。

――実際に取り掛かるに当たってはどうでしたか?

今度は「じゃあ、どういう風にやればいいんだろう?」っていう怖さ、不安ですね。震災について、これまで色んな企画書を書いたことはあったんです。それはそれで成立したものになっていたと思うんですが、そのとき書いたものというのは「物語」だったんです。主人公がいて、避難所に取り残された女の子がいて、という……ただ、これでは真実を伝えられないんじゃないか? と思ったんですね。これを観た人たちは帰るとき、結局は分かったフリになるだけなんじゃないか? と。もっと直接的に伝えられる方法はないかと考えたときに、それなら完全なオムニバス形式の事実演劇にしようと……。オムニバスというのは初めてやるんですが、そういう方法論がひらめいたときにやっと、「あ、できるんじゃないか?」と思ったんです。


――事実演劇ということで、極力ドラマ性を排除されているとのことですが。

と、思ってたんですけど……ドラマ性、あります(笑)。作家根性なんでしょうか、やっぱり面白く観せたいという……。
レビを見て、ずっと泣いてました
――震災当時を思い出すときに、浮かぶことは何でしょう?

まず、僕はあの出来事を電話で知ったんですね。横浜にいる在京連絡人と言いますか、大学にそういうのがありまして。その人から「神戸の方で地震があったらしいよ」と。で、それを聞いて「何をアホなことを……」と(笑)。そのあと家族とは連絡が取れたんですけど、そのときは家族もまだ家から出られない状態で、外がどうなっているかは聞けなかったんですね。それから僕自身が39・5度の熱を出しちゃって……あとは寝ながら、テレビを見て、ずっと泣いてました。

――泣いていた?

単純に悲しさですね。故郷がなくなっていく悲しさです。単にテレビに映されている風景じゃなく、その向こう側にあるもの……見知った景色が燃えていく、それを寝ながら見ている自分、そこら辺から来る漠然とした感情だったような気がします。

――岡本さんご自身、「震災があったからこそ作家になった」と言われていますし……かなり衝撃的だったんでしょうね。

そうですね……。衝撃という意味では、被災者でない方の場合は例えば9・11のアメリカのテロ事件とか……あれを見たときのような衝撃に近いんだと思います。それに加えて、自分の家が燃えるかもしれないという恐怖、馴染みのある町並みが失われていく恐怖……でも、一番の衝撃は、やっぱり実際に帰った時でしたね。
全なるノンフィクションかというと、そうでもないんです
――出演者やスタッフにも、被災者の方が多くおられますね。

はい、今回オーディションをしました。オーディションをして気付いたんですが、芝居があまり上手くない役者でも、被災者であるというだけで芝居の質が違うんですね。役作りがほとんど必要ないといいますか……。

――オーディションには、どれくらいの方が来られたんでしょうか?

60人くらい来られて、その中から10人ほどの方を選ばせてもらいました。

――年齢層はどうでしたか?

若い方が多かったですね。オーディション自体は特別なものではなくて、選んだ基準も演技力や想像力、それから震災の舞台だということは皆さん分かってましたので、どれくらいご自身で調べて来られたかという勉強力、取材力などで判断しました。

――脚本を書くに当たって、かなり取材されたのでは?

確かにそうなんですが、じゃあ完全なるノンフィクションかというと、そうでもないんです。やはり芝居としてお観せするものなので、伺ったお話や読んだ本などを一度バラバラにして、そこから作品として成立するように再構築させました。だから、完全なる事実の再現というよりは、事実に基づいたあくまで「劇」であるという感じですね。

――「未体験の方への追体験のための芝居」とは、どういう芝居なのでしょうか?

……難しい質問だ(笑)。おそらく観て頂ければ一目瞭然だと思うんですけど、まず空間を区切らない芝居をと思ったんです。それから、これは脚本的なことなんですが、今回は役名というものが出てこないんです。登場人物は男1、女2、という形になっていて……それは誰がやってもいい、特定の人間ではないんだという意図です。「人」ではなくて、あくまで「場」というものが、舞台上でどう変化していくのか? というのが今回の作り方ですので。

――それが方法論であると……。

そうですね。それで、その「場」というものを重視したときに、舞台に「いるとき」と「いないとき」の役者のオンとオフの切り替えについても考えたんです。この切り替えるという行為自体が、凄く虚構的だな、と思いまして……。だから今回、幕というものをなくしたんです。楽屋を出た時点で、そこからもう芝居。装置も全部見せますし、そういう裏側の場所も全部使おうじゃないかと。お客さんに見えていようがいまいが、聞こえていようがいまいが、演じ続けることによってより生々しく、観る人に感じやすいものになればと。

――これまでエンターテイメント性の高い舞台を行なってきた【タコあし電源】さんにとって、今回は一線を画した舞台のように思いますが、これまでの舞台稽古との違いなどはありますか?

それは、やっぱりありますね。

――今回、出演者の人数もかなり多いですね。

人数が多いのは、場面転換が早いという理由からなんですけど……何よりこれまでの舞台と違うのは、「笑い」がないという部分ですね。「笑いの間(ま)」と言うんでしょうか。これまでコメディーを多く仕事でやってきたんで、「さあボケました! ……どう?」という、笑い待ちが(笑)。そういうものがない、リアルな時間で進行していく芝居なんで。

――今回のような、事実に基づく震災の芝居……しかも被災者の方が多くおられる中での、稽古の雰囲気というのはいかがですか? 重苦しい雰囲気になったりすることは?

やっぱり重い雰囲気にはなりますね。稽古を見ている人間が泣いたりもしますし……ただ、稽古自体が終わればそこはポンと切り替わりますし、ずっとシンミリというのは僕自身も嫌いなんで……辛いけれど楽しい、という感じでしょうか。普段は笑いもあります(笑)。
災直後というのは、選択の連続だったと思うんです
――舞台の中で、どこまでの問題を取り上げられるのでしょうか?

当時、問題はたくさんありましたね。

――例えば思い浮かべるだけでも、自衛隊の出動の遅延、暴力団の民間への物資支給、仮設住宅や区画整理……。

今おっしゃられたことは、みんな入っています。演劇というのは、例えばそれらのことを取り上げる場合、一言で済むんですね。レポートなどの映像だと、ちゃんとその画(え)を映さないといけない。小説だと、ちゃんと克明に描写しないといけない。でも演劇ならば、それが台詞の一言で表せたりする……それは演劇の長所だと思います。

――それらの現実的な問題と、被災者の内面的な問題。双方を昇華させた作品であると思うのですが……後者の問題はどのように扱われるのでしょうか?

あの当時、それも震災直後というのは、選択の連続だったと思うんです。例えば、家族が瓦礫に埋まってる、火が迫ってる……逃げるのか? 一緒に死ぬのか? これは一例ですが、今公演の前半の部分はそういった……人間がいかに、何を選択していくかという話です。一年間という期間の話ですので、後半は、じゃあ今度は落ち着いたときにどうするのか? 震災から生き残った先にある、希望と絶望の繰り返し……その中でどう生きていくのか? という二部構成的な作りになっています。
本貴也インタビュー2
(文中、一部敬称略)
2004/7/14 文責・インタビュアー:毛戸康弘 撮影・編集:鏡田伸幸 

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