〜未体験者へ贈る、舞台演劇による「阪神淡路大震災」〜

1995年1月17日、午前5時46分。
震度7、マグニチュード7・3とされる大規模な地震が、阪神間と淡路を襲った。
死者6433人、負傷者4万3792人、全壊住宅10万4906練……歴史的な惨事となったあの出来事を、「舞台演劇」として再構築しようという【劇団タコあし電源】。
これまでエンターテイメント性の高い舞台を公演してきた彼らが、あえて今「あの出来事の追体験」に挑戦する……果たしてそこには、どのような思いがあるのだろうか。

今回のBACK STAGE REPORTは、その脚本・演出を手掛け、TVドラマの作家としても活躍中の、現地出身者である【タコあし電源】主宰・岡本貴也氏、そして実際に震災を体験した出演者にお話を伺い、今公演への、そして震災への思いを語って頂いた。

last up date 2004/7/22
材レポート
岡本貴也インタビュー(2004/7/14)
【タコあし電源】主宰 岡本貴也 氏
REPORT1】【REPORT2
[震災直後というのは、選択の連続だったと思うんです]
役者インタビュー(2004/7/14)
高橋幸生 氏(神戸出身)
[今、生きているということ]
役者インタビュー(2004/7/14)
本多彩子 氏(神奈川出身)
[人間て素晴らしい!]
役者インタビュー(2004/7/14)
森本展弘 氏(京都出身)
[事実として感じて欲しい]

神淡路大震災について
〜BACK STAGE REPOTER 毛戸康弘(神戸出身)
当時、神戸市東灘区の実家に住んでいました。
正直なところ、あの揺れた15秒間というのはよく覚えてません。
確か、テレビやら本棚やらコンポやらが次々に降ってきて、「痛た。痛た。痛たたた。痛だだだだ!」といった状態だったと記憶してます。
その後、家には全壊を意味する赤紙が貼られ、電気や水道やガスのない生活、野次馬もなくあちこちで燃えている近所、小学校の死体置き場を回って友人を捜したり……と、様々な非現実を体験しました。

それまで僕は、「現実」というものの反対は「夢」というものだと思っていました。つまり、実際に起こったりしないことだと思っていました。
でもあの出来事で、「現実」の反対は「非現実」であり、それは決して起こり得ない事じゃないのだということを改めて思い知りました。
……今となっては、あの当時を頻繁に思い出すということはありませんが、被災したことによって思い知ったことは、今でも自分の大切な何かになっていると思います。


神淡路大震災
劇団タコあし電源第十回公演
[阪神淡路大震災]7月28日(水)〜8月3日(火)
中野劇場MOMO
「阪神淡路大震災」公演情報
鉄筋ビル、高速道路が真横に倒れた。
住宅は最初の数秒でペシャンコになった。
ガス管が破裂し、すぐに火災が発生した。
未明の暗闇、1月の極寒、焼ける自宅、埋まったままの家族……。
紙幣で買える物はなく、公衆電話の10円玉だけが意味を持った。
衣類、食事、住宅のすべてを失い、数万人が体育館で半年以上過ごした。
テレビや新聞でしか被災地を知らない者が、この状況を想像するのは不可能だ。
ゆえに、演劇として再構築する。
……あなたは、戸板や車で死体を運んだことありますか?


コあし電源について
脚本家、岡本貴也主宰の新宿系劇団。一幕ものでドラマ性の強い演劇を得意とする。→→→→タコあし電源HP


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