BACK STAGE REPORT〜SOUKI 『Gray ticket, Green ticket 銀河鉄道の夜』【稽古REPORT】【江ノ上陽一インタビュー(1)】〜
【SOUKI】代表であり、同団体作品の作 / 構成 / 振付を担当する江ノ上陽一さん。その江ノ上さんに、彼らのものづくりの原点にまで遡って話を聞いた。初めて観た人が「パントマイムのイメージが変わった」と口をそろえる【SOUKI】のパフォーマンスは、どんなところから生まれたのだろうか。

江ノ上陽一 氏
1986年、ヨネヤマママコ率いる【ママコ・ザ・マイム】に入団。
1990年に小野廣己とともにパフォーミングアーツグループ【SOUKI】を設立。
以後、【SOUKI】全作品の作・構成・振付を担当する。
また【SOUKI】以外でもテレビCM・ミュージカルの振付などで幅広く活躍。
始まり――マイムから舞踏へ
―まずは【SOUKI】というグループの設立の経緯から教えて下さい

もともと僕はヨネヤマママコ先生(注1)のところに弟子入りしていたんですけど、そのうちにどうしても自分でものを作りたくなって。それで、先生のところで共にマイムを習った仲の小野(廣己)と2人で、一緒にやっていこうと始めたのが最初です。
マイムっていうのはその当時から限定されたイメージ、ピエロであったり、壁だのロープだのっていうイメージがありました。それを払拭していく為に僕たちは何をしていけばいいのか……そういうところからスタートしましたね


―そこからすぐに現在【SOUKI】でやっているような舞台のイメージに繋がった?

いやいや。僕たちはマイムしか習ったことがなくて、舞台にしてもヨネヤマ先生の作品にしか出たことがなかったので、ほとんど外の世界を知らない状態でしたから。世間知らず、と言おうか。なので、まずはどんどん表に出て行くところから始めました。
もともとヨネヤマ先生はモダンダンスからマイムの世界に入ってご自身のパフォーマンスを確立されたんですけど、では僕たちはパントマイムの他に何を手に入れたらいいんだろう……そう考えた末、僕らは舞踏の方に行きました。舞踏の、日本人に合うリズムや間(ま)を学びたいと思って。それで舞踏のフェスティバルとかにも出させてもらったりしていく中で、自分たちの色を強くしていこうと考えたんです


―その頃はずっと小野さんと2人で?

そうです。マイムってピンでやる人が多いんですけど、もともと僕も小野も個人主義ではなくて、最初からグループ志向だったんですね

―その後、林佳さんと小鉄さんが入って現在の【SOUKI】の形が出来上がりました。林さんと小鉄さんはもともとマイムをやっていたのですか?

いいえ。「やりたい」ということで、僕らのレッスンに習いに来たんです。で、プロになりたいって言うんで、人よりも多く稽古をしてもらい、人よりも多く舞台にも立ってもらって、それで外部の仕事、お金を貰える仕事もできるようになった、と。…実はそういう人間はもう何十人もいるんですけど、あの2人が一番長く生き残ってる(笑)

(注1)ヨネヤマママコ:日本におけるパントマイムの第一人者。日本マイム界に大きな影響を与えたそのパフォーマンスは今も健在。
一方的ではない面白さ
―そもそも江ノ上さんがパントマイムに惹かれたきっかけは?

もともとは僕、演劇とかにはあんまり興味が無かったんですよ。スポーツだとか身体を使うことは好きだったんですけど、別にそれで表現をしようとは思ってなかった。
でも……まだ札幌にいる時に【山海塾】の舞台を観る機会があったんですね。その時に、彼らの身体を「すごくキレイだな」って思って……格好よかったんですよ。一緒に観に行った友達は「気持ち悪い」って言ってましたけど(笑)、僕にはとてもショッキングだった。それで、身体を使う表現に興味を持ったんです。
始まりがそうなんで、身体の表現として僕たちは基本的にはマイムしか習ってないんですけど、今までマイム以外にも本当にいろんな事をやってきてるんですよ。舞台上でやってないのはセリフくらいじゃないかな。ついにクラシックバレエまでいきましたからね(笑)

―身体表現にあこがれて始めたパントマイム。実際にやってみて分かった面白さとは?

どうとでも解釈ができるというか、動きに自分の考えを乗せられるっていうか。セリフよりも一方的ではない面白さがあると思います。今、‘想像する’という部分が停止してしまっている人も多いのかもしれませんが、ほんのちょっとしたきっかけで頭の中が回りだすと、セリフがあるよりもずっと広がっていく世界だと思います。そういうところがすごく面白いですね
第三の表現――マイムの王道
―想像の楽しさももちろんありますが、稽古を拝見して「とても分かりやすい」という印象を受けました

ええ。また、今回はかなり分かりやすく作っているんです。‘マイム劇’って呼ばれるジャンルなのかな? そういうものを今回、久々にやるんですね。今まで【SOUKI】では、かなり抽象的な作品とエンターテインメントに徹した作品の両方をやっていたんですけど、それらとはまた違った、きちんとマイムと向き合っての‘マイム劇’というものをやりたいと思って

―【SOUKI】にとっては「第三の」作品ですね

僕たちがやってきたことの流れの中では確かに「第三の」って感じですね。
やっぱり師匠のイメージというのは強いですから、まずはとにかく僕たちの色を作りたかった。それで、ものすごく抽象的なものの中にマイムのスキルを使ってパフォーマンスを成立させていくっていうものと、マイムのテクニックと打ち込みの音楽で、若い人たちが観ても飽きないようなスピード感を出したもの。その両方を僕らの色としてやってきたんです。でも、どちらもマイムの面白さではあるけれども、そろそろ王道もきっちりやっていかないといけないなっていうのがあって。…というのも、うちの若い子たちはそこに全く接していないんですよ。僕や小野はそこを経てきてますけど、小鉄にしても林にしても、これまでの【SOUKI】がやってきた2つのものしか知らない。
僕たちはコンテンポラリー系の踊りは充分に踊れる集団としてずっとやってきたんですけど、その、ある意味で得意分野といえる部分も今回はできるだけ排除した中でやっていこうと考えてますし……だから今、苦労してます(笑)
身体能力は関係ない
―ちなみに、マイムは身体能力に欠けた私みたいな人間にもできますか?

できますよ、普通に(笑)。…僕、郡司正勝先生(注2)と一緒にお仕事させて頂いた時期があって、これはその時に教えて頂いたことでもあるんですけど……例えばダンスであれば、揃わなきゃいけないのかもしれない。でもマイムの場合は個々に舞台に立った時に、どうしたって遅れる奴もいれば先走る奴もいるんです。でも、そこに居るための訓練があり、きちんと理解した上でちゃんとその場に立っていれば、全くリアリティーの無い作品にはならない。そもそも宙返りができない奴に宙返りしろって言っても無理でしょう。できる奴はやればいいし、できない人間は宙返りとは違うことを考えればいいんです。個々に合ったことがきちんとできれば、全く身体能力は問題になりません。ただ、それに向かって一生懸命稽古することは大事だし、それを経た上でっていうことですけど

(注2)郡司正勝:早稲田大学名誉教授。戦後の歌舞伎研究に多大な足跡を残す。’98年没。
江ノ上陽一インタビュー(2)
(文中、一部敬称略)
2005/3/22 文責・インタビュアー:北原登志喜 撮影・編集:鏡田伸幸

BACK STAGE REPORT〜SOUKI 『Gray ticket, Green ticket 銀河鉄道の夜』【稽古REPORT】【江ノ上陽一インタビュー(1)】〜
江ノ上陽一インタビュー(2)

BACK

Questions?Problems?Suggestions?Contact backstage@land-navi.com
BACK STAGE【SideA】 Since 1999/09/01.2000/10/01.Presented by LAND−NAVI
Copyright (C) 2005 LAND-NAVI .All Rights Reserved.