BACK STAGE REPORT〜KUDAN Project『百人芝居◎真夜中の弥次さん喜多さん』【天野天街インタビュー】
名古屋の小劇場演劇の一つの中心地・七つ寺共同スタジオに程近い、とある喫茶店。
自宅から歩いてきたという天野天街さんは、ねっとりと暑い外気をくぐってきたことを微塵も感じさせない、フワリとかろい足取りで席についた。つくなり、一言。
「いやいや、書けなくて……(笑)」
天野さん、今まさに脚本に取り組んでいる真っ最中だという。その筆を止めて付き合ってくれる気さくさに感謝しつつ、さっそく今回のとんでもない芝居、『百人芝居◎真夜中の弥次さん喜多さん』について話を聞いた。

なお、以下、天野さんの話の中にしばしば登場する“なり”という言葉。「馬なり」とか「道なり」とかの、あの“なり”です。…と、ミニ解説を入れたところで、プロデューサーの小熊秀司さんも交え、インタビュー、スタートです!
(以下文中、一部敬称略)
天野天街
(脚本・演出)

1960年愛知県一宮市生まれ。

1982年に【少年王者舘】を旗揚げし、名古屋を拠点として全国的に活躍。演劇、ダンス、人形劇、コンサート、ファッションショー等幅広いジャンルの舞台演出を多数手掛ける傍ら、漫画執筆、デザイン・ワーク、エッセイ等の分野でも活躍。

1998年より演劇ユニット【KUDAN Project】を始動、海外公演を開始する。

2006年には『必殺するめ固め』(原作:つげ義春)を映画化予定。

主な演出作品:『高丘親王航海記』『くだんの件』『真夜中の弥次さん喜多さん』(以上舞台)・『トワイライツ』(映画)など。
百人は「ちょっと多め」という目安です
―しりあがり寿氏原作の『真夜中の弥次さん喜多さん』。もともとKUDAN Projectではこの作品を二人芝居に仕立てて舞台化していました。それを今回「百人でやろう!」となったいきさつから、まずは聞かせて下さい

天野
 いきさつは……一番ぎりぎりの人の数から言うと0人芝居から一人芝居があって――ま、半人芝居っていうのもあるのかもしれないけど――僕たちは二人芝居をやっていて。で、そこから今度は(多い・少ない)どっちに向かうかってんで、どうせならちょっと多めのトコでって。その目安として、何人でもいいんですけど「じゃあ100人」って言ってたんですよね。
「百人芝居」って銘打ったのは小熊さんだと思うけど、でもよく考えたら、二人芝居があって百人芝居があって……なかなか深いですね(笑)。実際は160人以上出るんですけど、まぁ、目安ですね。「ちょっと多め」「二人以上」っていう。普通、3人・4人以上の芝居を「〜人芝居」なんて言わないじゃないですか。だから「面白いな」って思ったんです。……って、これは後付けなんですけど(笑)


―多人数ということで言うと、1992年の『高丘親王航海記』(野外劇)で50名を超えるキャストでの公演を経験されていますね

天野 ええ、そうですね。合唱部を入れると80〜90人くらいになりました

―“多人数の芝居”という方向性は天野さんの欲求にかねてからあったのでしょうか?

天野 欲求!(笑)……っていうか、どうせなら色々なことをやりたいっていうことですね。人間がたくさんいれば少人数ではない効果というか状態が起こるわけで、そういうことを見たり一緒に体験するのは楽しいし、いろいろなことを考えることができますから
すべてが必然 すべて“なり”で
―お話のあったように、「百人芝居」といいながら、実は出演者は100人をこえて総勢172名とか。……凄いことになっていますね

小熊
 実はその数字から若干の辞退者が出てはいますけど

天野 怪我したりして。……って、稽古で怪我したわけじゃないですよ。私生活で骨折しちゃったりとか。やっぱり、いろいろ起こりますから


―それにしても160名以上。なぜこの人数にまで膨れ上がったのでしょう?

天野 いや、断らなかったから(笑)

―来る者は拒まず?

天野 はい。だから実際にそんなにたくさんオーディションに来たわけではないんです。選んで170人なんじゃなくて、ほぼ全員ですから

小熊 実際、断る理由なんてないですからね。若干名、スケジュールの問題とかで無理な方には遠慮してもらったんですけど、ほとんどの皆さんは面接の時にすごく前向きな姿勢でいらして下さったので、本当に断る理由がなかった

―もちろん「キツいですよ」ということは説明したわけですよね

天野 キツい、金無い、セリフもそんなに無いだろう、ということも全部説明しました

―それでもこれだけの人数になった。それは天野さんにとって“してやったり”だった?

天野 いや(笑)、別にその……“なり”ですね。何人ぐらい集まるのか、すごくたくさん来るのか全然こないのか、予想もできなかったので。もう、その“なり”でやるしかないですよね

―最初に人数のイメージがあったのではなく、人数が集まってからイメージができていった

天野 そうですね。そうして動き出してからはできる限り、なるべく手を加えずにいった方がきっと良いんじゃないかな、と。
偶然…というか偶然ではないんですけど、ある人たちが必然として芝居をやるために集まってきた状態というのは、もう決まったことであって、いま怪我したり辞めていくのも必然であるわけで、全部が結果としての要素でしかない…と考えてやっていこうと思ってます。……台本が遅れているのもすべて必然で(笑)
「両方同時」が一番豊か
―今回の企画には“地域文化振興”と“国際文化交流”という意義が設定されていますね

天野 あの、そういう立派な名目はプロデューサーが…(笑)。でももちろん、そういう気持ちはいっぱいあります。海外公演をずっとやってきて培った“こころ”ですね

―そうしたパブリックな目的意識が、しりあがり寿さんの『真夜中の弥次さん喜多さん』という、非常にシュールな世界とぶつかる。何せ主人公2人はホモのカップルで、おまけに1人はヤク中。このギャップがまた面白いのですが、一般参加の出演者たちの反応は?

天野 特にそこは関係ないです。決して不真面目な作品じゃないし、その辺を理解していない人は何もできないでしょうし

―おっしゃるように、この作品はギャグもあるけれど、ものすごく真面目な話でもあります。今の“純愛ブーム”が裸足で逃げ出すほど真剣な“愛”や、“死”の厳然としたさびしさを描いている作品でもある

天野 その両方がいっしょになっていますよね。どっちがどっちじゃなくて、両方同時。それが一番豊かな状態であり、この原作にはそれがあります。舞台でもそういうことがしたいと思っているんです
ちょっと欠けても大丈夫
―脚本や演出などの話も少し。まず、これだけの人数、顔と名前を覚えるだけでも大変じゃないですか?

天野 覚えるっていうか、まず割り振らないといけないですよね。一つのセリフを――例えば群集として――言うために、指示しないといけないわけで……記号をつくるのが大変です

―記号とは?

天野 例えば160人を40人ずつ4グループに分け、A / B / C / Dとつけるとしますね。その40人を今度は偶数・奇数で分けて20人のグループにし、それを半分に割って10人にして、また半分に割って5人にする。それを全部AダッシュやA3、G5とか、そういう風につけていかないと書けなくて。そういうのを作るのがもう大変(笑)

―人の数という“圧”が戯曲にも相当影響を及ぼして、天野さんが思いもかけない方向に物語を引っ張っていく、なんていうこともあるかと思うのですが?

天野 さっき必然の話をしましたけど、引っ張られるどうこうじゃなくて、やっぱり“なり”なんですよ。そのまま、来たものが今あって、それがそういう動きになっていくっていう。こっちからの意思をなるだけ少なくし、全体で出る“ある人間の偏り”というか、それを大切にしていきたいと思うんです。
もちろん「このセリフを言って下さい」というのは強制ですよ。それは当たり前で、テキストがあってそれを言ってもらうわけですから。あるいは「ここにいて、ここに移動して下さい」っていうのは、それは作り込む上で当然のことなんですけど、それ以外のことはできる限り“なり”で。「引っ張られる」というより「こういう状態になった」というだけのことですから


―また、極端な話、当日直前になって2〜3人欠けてしまうなんていうこともあるかもしれませんね?

天野 そういうのも全部、最初から受け入れてます。…受け入れるとか受け入れないとかっていうことも考えなきゃいいんですね。それを考えると間口というか、門戸ができてしまうと思うので。門戸も無くしていきたい。そういう考え方でやっていくしかないなと思っています。
だから、そのためにも、キッチリ作り込みます。キッチリ作り込むとちょっと何かがあっただけで壊れちゃうんじゃないか……そう思うかもしれませんが、それは逆なんです。キッチリ作り込んでおけば、ちょっと欠けても大丈夫なんですよ
強烈な何かを残して
―一般の方たち、これまで演劇に関わったことのない人たちも今回、たくさん出演しますね。演出家としてその人たちにこの舞台上でどんな姿を見せて欲しいですか?

天野 …これも“なり”です。要求することは要求するけど、それだけです。で、返してくれるものがあって、それでいいんじゃないかと。
ただ、基本的にこの芝居は二人であって一人……つまり、弥次さんと喜多さんっていう二人しかいない世界じゃなくて、弥次喜多っていう一人の人格しかいない、ないしは“いない(=0)”っていう話。だから人数が多くても少なくても一緒で、全員が一人、一人が全員であるっていう感覚を一人ずつに持ってもらえるといいですね


―ちなみに、演出に関して今回、西田シャトナーさんが演出協力として参加しますね。これはどういったいきさつで?

天野 西田さんがこの近くに越してきたんです。それまで面識はなかったんだけど、せっかく近くに住んでいるんだし、ずっと「会おう、会おう」って言っていて。で、面接の際に一回会ったら意気投合して、参加してもらいました。演出に関しての役割分担とかはまだ決めてませんけどね
―最後になりますが、人であり牛であるけもの、クダン(件)は未来を語るといいます。KUDAN Projectとして、この芝居が成った先に見ているもの、期待していることを教えて下さい

天野 終わって、強烈な喪失感だとか空しさだとかを感じることができるでしょう。強烈な喪失感ということは、強烈な“何か”があったということ。それを感じられると思いますよ
天野さんが繰り返し口にした“なり”という在り様。すべてを必然として、あらゆる門戸をとっぱらう在り様が、あれよあれよという間にこの芝居を大きくしていった。
出演者数、160人以上。そんな驚きの数字を前にしても、「ちょっと多め」と悪戯っぽく笑った天野さん。その柔らかい笑顔が印象的だった。
『百人芝居◎真夜中の弥次さん喜多さん』
真夏の名古屋を熱くする途方も無いこの芝居。天才・天野天街が手がける強烈な演劇体験。公演の日を、焦がれて待ちたい。
2005/7/7 文責・インタビュアー:北原登志喜 撮影・編集:鏡田伸幸

BACK STAGE REPORT〜KUDAN Project『百人芝居◎真夜中の弥次さん喜多さん』【天野天街インタビュー】

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