BACK STAGE REPORT意識の拡散、そして物語は凝縮する〜乞局が生み出す独特の劇世界〜【下西啓正 インタビュー】
 異様な緊張感のある会話劇で、後味の悪い独特の世界観を作り出す【乞局】。その脚本・演出をつとめる下西啓正さんは、ここ数年、劇作家としての評価も急上昇している。そんな彼の人となりは?創作欲の根源となるものは?その秘密を探る。
下西啓正

慶應義塾大学法学部政治学科卒。乞局(コツボネ)局長。

富士見市出身(鶴瀬西小学校・針ヶ谷小学校、西中学校)。

大学入学と同時に演劇活動を開始する。

2000年に劇団乞局を旗揚げ。第三回公演以降の全作品において、脚本・演出・役者を担う。『汚い月』で04年佐藤佐吉賞最優秀作品賞受賞、第11回劇作家協会新人戯曲優秀賞受賞。『耽餌(たぬび)』で05年佐藤佐吉賞最優秀作品賞受賞、第5回かながわ戯曲賞佳作受賞。場所も時代も判然としない物語では、登場人物たちが、救いようのないすれ違いを織り成し、不幸な結末へと静かに進んでいく。その残酷な結末までも単なる日常の一部として埋没させてしまう「後味の悪さ」を独特の作風とする。一方で、チェルフィッシュの『三月の五日間』など、役者としての外部出演も多い。
演劇を始めてから
【乞局】を旗揚げするまで
−まず、下西さんが演劇に関わるようになったきっかけを教えてください。

 僕は、中学、高校ではバスケ部に入ってたんです。でも、僕はスポーツに関しては早熟だったんで、中学でピークを迎えてしまい、高校ではどんなに練習してもうまくならなかった。一応スタメンだったんですけど、いつも試合では最初の5分で交替させられるという状態(笑)。そういうコンプレックスがあったので、休みの日になると、レンタルビデオを借りて、映画ばかり観ていました。
 そのうちに映画をやりたくなって、高校3年の秋に、新聞の広告を見て俳優の養成所に入ったりしたんですけど、そこが展覧会のモデルとかコンサートの替え玉とか変なオーディションばかりやっているところで(笑)、長続きしませんでしたね。


―俳優の養成所と平行して、大学では演劇サークルへ。大学時代はどのような演劇を?

 僕が入ったサークルは映画と演劇の両方をやっていて、最初は映画だけでもいいよって言われて入ったんです。でも、飲み会で新人公演に誘われて。実際にやってみたら面白かったので、じゃあ続けてみようと。その頃から、岩松了さんの『水の戯れ』など、パフォーマンスに頼らず、純粋に会話だけで構築している作品が好きでしたね。
 そして、そのまま大学4年生になって、普通は就職活動とかするんでしょうけど、僕はほとんどやってなかった。それよりも、これまで自分の好きな世界観で芝居を作っていなかったので、大学卒業前に自分の好きなことをやっておこうと思ったんです。


―そこで、それまでは役者しかやっていなかった下西さんが、初めて脚本・演出を担当して公演をした。

 そうですね。そして、その公演が終わった段階で、やっぱり演劇を続けたいという気持ちが強くなりました。そのときのメンバーで劇団を旗揚げしてしばらく活動していたんですが、その後、就職してしまう人が増えたり、僕自身の役者としての客演が続いたりして、結局、継続できなくなってしまいました。そのような経緯を経て、改めて2000年に「乞局」を立ち上げました。
【乞局】という劇団名の由来
―【乞局】という劇団名はとても変わっていますが、何か由来はあるんですか?

 正式に【乞局】として旗揚げする前に、最初に上演した作品名が『乞局』だったからです。当時、寺山修司の映画をよく観ていたので、僕も見た目でアングラってわかるようなものがやりたかった。実は、最初は『骨盤』だったんですけど、あまりにもストレートでひどいなぁと思っていたところへ、人から借りた三谷幸喜の『出口なし!』という芝居のビデオを観ていたら、《さこつぼ》さんという人が出てきた。で、このふたつをあわせて、『乞骨(こつぼね)』と考えついたんです。だけど、『乞骨』だとアングラじゃなくてハードロックじゃないか!と思って(笑)、適当に漢字をあてはめ直しました。だから、由来といっても、別にコンセプトとかはないんです、すみません(笑)

―劇団名以外にも、作品名や登場人物名など、難しい漢字で読み方がわからないものが多いんですが、ひょっとして漢字フェチとか?

 そうですね、漢字は好きです(笑)そんなに詳しくはないんですけど、今はパソコンの変換とかすごいですから、よく面白い漢字とか部首とか発見してストックしています。
 今、使っている作品名や人物名は、学生時代に思いついたものも多いですね。脚本を書くのは僕にとって一番苦しいことなので、単純に書いている自分も楽しみたくて、面白い漢字を使ったり、ちょっとふざけたりしているだけなんです。でも、女性に牡杜子(おとこ)さんってつけたりしているので、戯曲賞などに応募すると、これは性差を敢えて消すためなんじゃないかとか、深読みされることもありますね(笑)。
“ちっちゃい人間”を描くこと
―【乞局】を旗揚げされたときは、下西さんが脚本・演出担当というわけではなかったんですよね。

 はい。最初は、公演ごとに脚本や演出を変えてやったほうが、いろんなことができていいかなと思ったんです。でも、やっぱりうまくいかないこともあるし、劇団名も【乞局】だし(笑)、結局、僕ひとりに絞ってやったほうがいいんじゃないかってことになりました。だから、第3回目以降、僕がずっと担当しています。

―脚本を書くときに、特に注意されていることはありますか。

 悪く言うと無責任なんですけど、あまり考えてないんですよ。メッセージ性とか、物語性とか、役者が話しやすいようにとかは。自分の書きたいように書くって感じです。
 僕は、基本的に、日常生活を送っていて、些細なことにかちんときたりして、いろいろ鬱屈をためるタイプなんです。だから、脚本を書く前のプロットの段階では、まず、自分の書きたいように、鬱屈を吐き出す。その後、ちょっとこれはないなぁとか省きつつ、使えるエッセンスは残しつつ、人様に見せられるような骨組みを作って、そこに肉付けをして、脚本として仕上げていきます。


―下西さんの脚本には、何か欠けていたり、どこかズレていたりする人間が登場します。

 
実は、僕自身は、特別な人間を書いているという意識ではないんです。いや、そりゃたまには、これは普通じゃないなぁと思うこともありますけど(笑)。
 僕は、自分自身がそうであるせいか、基本的にちっちゃい人間が好きなんですね。例えば、数分前に話した人の一言にむかついて、ずっといらいらしてしまうとか、そういう、ちっちゃいことにこだわって、鬱屈をためちゃうような人。
 だから、僕の書く人間が、何か欠けてたり、普通とズレているのは、僕には人間がそういうふうに見えているんじゃないかな。でも、そっちのほうが、断然、可愛いですよね。


―日常生活で人間観察とかしますか。

 
電車の中で人をじろじろ見たりとかはないですけど、面白い人には確かに目がいきますね。そのままは書かないですけど、自分の中でまとめてから、膨らまして書いたりすることはあります。

―脚本を劇団員の皆さんに見せたとき、意見はありますか。

 
うーん、あんまりないですね。もちろん、普通とズレてたり、気持ち悪かったりする設定もあるんですけど、ここ近年、そういうのはなんかOKになっちゃってるんで。僕としてはやりやすくなったんですけど、でも、まぁ、あまりよろしくないかなと思います。不健全ですよねぇ(笑)

―舞台を見ていると、役者同士の空気がとても張りつめていて、異様な緊張感があるように思うのですが。

 
基本的には、たとえ日常の設定でも、登場人物たちは何らかのストレスを抱えているという前提で、舞台に出てきてもらいたいと思っています。もちろん、役者の実生活や稽古でのストレスとかではなくて。で、そのストレスから生まれるフラストレーションは、そのまま出してほしい。だから、緊張感があるように見えるのかもしれません。
 逆に、役者が、ストレスを抱えて舞台に出てこられるように、登場人物のバックグラウンドを大事にした会話や場面を作るように意識しています。出てきて、ただしゃべるだけではつまらないですから。
いろんな捉え方ができる作品を創りたい
―2004年には、第7回公演となる『汚い月(陰漏改訂版)』では、佐藤佐吉賞最優秀賞受賞、劇作家協会新人戯曲優秀賞受賞。これは、ご自身の活動の中でターニングポイントとなったのでは。

 そうですね。でも、特別に変わったことをやったわけじゃなくて、それまでやってきたことの延長戦上にある作品でした。
 だいたい今のような作風にかたまってきたのが、第4回公演となる『陰漏(かげろう)』なんですけど、これは、自殺した人と、後に残された人たちの、ただ暗いだけの話でした。『汚い月』は、それを夫婦という設定で、現代版って形で書き直したもの。本当は、一から書き直しているので、実は改訂版ではないんですけど、一応、自分的には現代版なんです。


―受賞してから、何か変わりましたか。

 とりあえず、以前よりは、少しプレッシャーを感じるようになったかな。僕は小心者で、人に叱られるのが苦手なので、観終わったお客さんに「なんだよ、これ」って言われないようなものにしなきゃなって思うようになりました。
 とはいっても、それは無理に作品にメッセージ性を持たせなきゃいけないとか、そういうことではないんですが。


―今は、メッセージのある演劇のほうが、人気がある傾向にあります。

 そうですね。それが悪いと言っているわけではないんです。ただ、ハリウッド映画の大作、例えば「インディペンデンス・デイ」という作品は、アメリカの正義による戦争を肯定する、という非常にわかりやすいメッセージを持っていますよね。それはそれで面白いのかもしれないけれども、この映画はそれ以外の捉え方ができない。
 こんなふうに、捉え方はひとつしかない、というような作品だと、お客さんが嫌なものは嫌ってなっちゃいますよね。だから、僕たちとしては、もちろん作品のコンセプトはあるんですけど、その中にいろんな要素があって、いい悪いとか、面白い面白くないとか、お客さんが自分で選んで、いろんな捉え方ができるものを創りたい。他力本願じゃないけど、ひとつのメッセージや捉え方を押しつけたくないんです。


―実際に、お客さんからはどんな反応があるんですか。

 後味が悪い、気持ち悪いという意見もありますけど、中には、すかっとしたといってくれる人もいるんですよ(笑)。受け取り方は、本当に人それぞれです。
今回の公演での新しい挑戦
―それでは、今回の公演について聞かせてください。

 まず、今回の話は、かつて災害時の避難場所として造られたのだけれど、今は放置されている下水道のある地下空間があって、そこに人が捨てられる、というところから始まります。僕らの世代は、戦争やテロなどの危機的な状況がほとんどないまま育っていて、なよっとした印象があるのかな、と。でも、そういう人たちが捨てられて、本当に危機的な状況になって、下水道にたまってるものとかを食べて、かろうじて生きていく。今までは、普通の生活をしている中でストレスを抱えている人たちの話だったんですけど、今回はちょっと頑張っている人たちの話です(笑)。

―頑張っている人たちを登場させたのには、何か心境の変化があったんですか。

 私的な話になるんですけど、今年29歳になったので、いつまでもこのままじゃだめかな、もう少しがんばりたいと思って(笑)。
 実は、『廻罠(わたみ)』というタイトルは、純粋に、居酒屋の和民を経営している会社の渡邉社長をリスペクトしてつけたんですよ。こないだ、TVのドキュメント番組で観たんですけど、この会社は、今、介護サービスに進出していて、社長が老人ホームで「おばあちゃん、食事が変わるから!」とか言ってたんです(笑)。


―なるほど。下西さんにとって、頑張る人の象徴的な表現が『廻罠』?

 そうなんです(笑)。

―これまでは場所や時代を特定しない舞台設定だったのに、今回、敢えて東京の地下という設定にした理由は。

 今までは、舞台設定を限定したり、流行や有名人の話題とか現代とリンクしたものを出したりしたくなかったんです。もっと言えば、前回の公演ではお金がたくさん出てきたんですけど、円とかいう単位も使いたくない。あと、偏屈と思われるかもしれないけど、極力、日本語だけで作っていきたい。それが好きなんですよね。
 ただ、確かに脚本のト書きにはないですけど、実は今までも、役者に渡す企画書には、イメージはここらへんです、みたいなことは書いてたんです。だから、今回はまぁ、いいかなと。


―演出については。

 基本的には今までと同じですけど、台本から離れないようにしていた以前と違って、最近は稽古場重視で、ぱっぱっと変えたり、場を削ったりはしてますね。せりふはあるんですけど、別に、それを言うための条件が役者にとってそろってなければ、言わなくてもいい、みたいな。一応、いろんな作業はやるんですけど、ある程度ルールを決めたなかで、僕も役者たちも自由にやっているという感じです。

―それでは、お客さんへのメッセージを。


 ええと、頑張っている人たちを見に来てください(笑)。
 「僕、こんなダメな感じなんですよ」なんて謙遜する、優しい笑顔と柔らかな物腰のあちこちに、下西さんの鋭い感性や独自の嗜好が垣間見える。そして、それらはすでに、確固たる世界を築き始めている。
 しかし、いろんな捉え方をしてほしいという彼は、おそらく、その世界に甘んじることなく、これからも次々と新しい試みを続けながら、独自の演劇を生み出していくだろう。いつかは演劇の枠を超える日も来るかもしれない。
2006/9/17   文責・インタビュアー:栂井理依 撮影・編集:鏡田伸幸

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