「ち(地)ら(原)み(海)」
知覧(ちらん)の語源である。
本土最南端に近い鹿児島県知覧町。さすような陽のもとに降り立ったそこは、反射する海の光が照らす、深緑の大地であった。
その知覧町で活動をおこなっている【劇団いぶき】。

『この町でこの町の芝居を創り続けていくことが、「劇団いぶき」のシンプルでありながらとても難しい挑戦なのだと考えている。』(劇団HPより)

今回のBACK STAGE REPORTでは、【劇団いぶき】主要メンバーへのインタビュー、そして【劇団いぶき】をはぐくんだ知覧町の紹介をお届けする。
知覧の風はどんな風か?知覧の大地の鼓動はどんな音だろうか?そこから芽生える「思い」とは……?


BACK STAGE REPORT〜鹿児島県知覧町【劇団いぶき】〜 【覧町REPORT】〜
ぶきメンバーインタビュー1 ぶきメンバーインタビュー2
8月22日。さえぎる雲も少なく、さすような陽がどこまでもまぶしい午後。まっ青な海に浮かぶ桜島を横目に見つつ、車を走らせた。
海岸沿いの道は遠く陽炎にかすみ、路面の焼けた白色が目に染みるようだ。
途中、道の駅の温泉場で軽く汗を流し、再び車に乗り込み目的地を目指した。
今度は一転して、入り組んだ、車通りの少ない道を進む。…と、突然、道路を覆うようだった林が低くなった。
いつの間にか、車は茶畑の中を走っていた。茶どころ、知覧……どうやら目的地に近付いたようだ。
茶畑は穏やかなうねりを見せてどこまでも続き、車中しばし、海原を進む船上にいるような錯覚を楽しむ。
15:00。知覧町中心部の宿屋の前で、【劇団いぶき】の田中さん、平木場さんと合流する。
お二人のご好意で、それからしばらく、知覧町を案内して頂いた。

ここで知覧町についての簡単な紹介を。
知覧町は薩摩半島の南部中央に位置し、鹿児島市から約36kmの距離にある。
町の北寄りを流れる麓川沿いに中心街があり、薩摩の小京都の名にふさわしい、情緒あふれる町並みが続く。
また知覧町は、最高峰白岳(620m)をはじめ500mを越す山々が連なる北部地域から、緩やかな傾斜が形成する中部・南部丘陵台地を経て南部海岸線に至るという、特徴ある自然地形を持っている。
この地形をいかした知覧町の主要産業は、茶の栽培、畜産、園芸等で、中でも「知覧茶」は全国的に知名度が高く、全国茶品評会で平成8年から10年には、3年連続で産地賞・農林水産大臣賞を受賞。また、平成13年には、九州・全国茶品評会で産地賞・農林水産大臣賞を受賞するなど、銘柄が確立されている。
攻平和会館
合流場所から平木場さんの運転する車で10分ほど行った所に、その建物はあった。
助手席の田中さんが振り仰いで言った。
「知覧町に来たら、まずここを見てもらいたいんですよ」

緑濃い木々が規則正しく立ち並び、その向こうに、レンガ色の屋根が印象的な建物が控えている。
〔知覧特効平和会館〕 ― その外観は天突く開聞岳を髣髴させ、セミ時雨の中で、凛と静謐をまとっていた。

昭和17年、大刀洗(たちあらい)陸軍飛行学校知覧分教所が開校。少年飛行兵、学徒出陣の特別操縦見習士官らが操縦訓練を重ねていたが、戦況が緊迫し、昭和20年、本土最南端の特攻基地となった。
〔知覧特攻平和会館〕はその基地跡に建てられ、特攻隊員の写真・遺書・遺品等約4,000点が展示されている。

館内に入ると、まず目を引いたのが特攻隊員たちの写真だった。どの顔もひどく若い。
その下のガラスケースには彼らの遺書や手紙、絶筆などが並んでいる。
隊員の写真は出撃戦死した月日の順に並んでおり、その数を聞けば、(沖縄特攻全体で)1,036人に及ぶという。
1,036人 ― ここ知覧からだけでも402人という多くの若者たちが帰らぬ空へと飛び立っていったのだ。
改めて、この館に展示されている遺品を見渡す。初めは膨大と見えたその遺品の数が、実は余りにも少ないことに思い至り、胸が震えた。

館内にはそうした写真や遺品とともに、、特攻隊員たちが命を封じた当時の戦闘機も3機、展示されていた。
陸軍4式戦闘機「疾風」、陸軍3式戦闘機「飛燕」、そして海軍零式戦闘機。
それら戦闘機の、残酷なまでに美しいフォルムを見ながら、思った。平和とはなんだろう? 戦争とはなんだろう?
……答えを見つけられないまま、〔特攻平和会館〕を後にした。
家屋敷
再び田中さんと平木場さんに案内され、今度は〔武家屋敷〕に向かう。

〔知覧武家屋敷群〕は江戸時代の薩摩藩の武家集落がそのまま残る町並みと、麓一帯を庭園化した7庭園を合わせたもので、「薩摩の小京都」とたたえられている。 武家屋敷群の18.6haが昭和56年に国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定され、7庭園は国の「名勝」に指定されている。
一歩足を踏み入れたそこは、涼やかな美しさと重厚な落ち着きを合わせ持った町並であった。
先ほどの〔知覧特攻平和会館〕からここへと、時間を遡行しているような不思議な感覚に、しばし戸惑う。
歴史の連続性…賢も愚もあった歴史を足元に踏みしめ、今の自分は立っている。東京にいると意識に上ることとてない
そんな当たり前の事実を、どこまでも広い空を見上げながら、しみじみと感じた。
深呼吸を一つする。時間を自らの体に染みこませる様に。
わずかに草の香を含んだ風は、盛夏でありながら、はつ夏のそれのように爽やかだった。


知覧の語源となった「ち(地)ら(原)み(海)」。
ここには、大地と草原と海によって育まれた自然の恵みや人々の英知が、凛とした美しさとなって、確かに息づいていた。
参考
鹿児島県知覧町
http://www.town.chiran.kagoshima.jp/index2.html
2004/8/22 文責・撮影・編集:鏡田伸幸 監修:北原登志喜

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