【石山英憲 インタビュー】
 小劇場の世界は玉石混交。しかも劇団ごとの方向性がマチマチとくれば、他人に特定の劇団を薦めることは意外と難しい。
 そんな中で【Theatre劇団子】は、特に小劇場を観たことのない人に安心して薦められる劇団の一つだ。理由は、彼らの作品のとっつきの良さ。奇をてらわない、分かりやすいストーリ運びは、観客を選ぶことなく楽しい時間を約束してくれることだろう。
 そんな【Theatre劇団子】の主宰/作/演出の石山英憲さんに創作のルーツから、新作にして劇団史上最大の挑戦、紀伊國屋ホール公演『君とボク』の話まで、多くを聞いた。
石山英憲
(いしやま・ひでのり)

Theatre劇団子主宰・劇作家・演出家

1972年生まれ。神奈川県出身。
1993年、日本大学芸術学部映画学科在籍中にTheatre劇団子旗揚げ。
大学卒業と同時に一時休団。TV番組制作会社の現場で働く。
1997年、劇団活動再開。
現在、Theatre劇団子主宰及びガイプロジェクト演劇部門代表。
Theatre劇団子の全ての公演の作/演出を務める。

新喜劇の分かりやすさが出発点
―まずは【Theatre劇団子】という劇団について少し聞かせて下さい。モットーは「誰にでも分かるエンターテイメント喜劇」だそうですが、そもそも、「分かりやすい」作品づくりを目指す石山さんのルーツって?

 僕、小学校時代を大阪で過ごしたんですよ。で、当時は土曜の昼には必ず※『よしもと新喜劇』を見てて、それが本当に楽しみだった。大阪ってね、新喜劇とかがちゃんと文化になっているんですよ。だから僕のルーツは何かと言われたら、その頃大好きだった『よしもと新喜劇』ですね

―【Theatre劇団子】を立ち上げたのは大学時代。最初から今のような芝居を?

 いや、もともとはコントをやってたんですよ。高校時代の友達と旗揚げして、コント集団として始めたんです。でも、日芸の人にも出てもらってキャストを増やしていくうちに、僕が※当て書きで台本を書くということもあって、役者さんに合わせる形でお芝居にも重点を置くようになっていきました。本当に出演者によって芝居が大きく変わっていきましたね。
 ただ、もとが『よしもと新喜劇』ですから、“分かりやすいものを”という部分は変わりませんでした。分かりにくい芝居でも面白いものはたくさんあるけど、僕がそういうものを作ることには意味が無い――そこは最初もいまも同じですね


―ストレート・プレイへと変わっていく過程で影響を受けた演劇ってあります?

 鴻上尚史さんには影響を受けましたね。
 もともと僕は役者を目指していたんですけど、それは映像の方だったんです。大学で学んだのも映画演技でした。だから、初めて小屋をとって芝居を打つとなったときも演劇の台本なんて書き方すら分からなかった。それで参考に買ったのが鴻上さんの『天使は瞳を閉じて』っていう戯曲だったんです。そうしたら、意味がよく分からないながらも最後のセリフでボロボロ泣いちゃって(笑)。それからですね。「演劇って何やってもいいんだ」ってことが分かって、自分でもいろいろ観に行くようになりました。
 そうして観るようになると、やっぱり※【カクスコ】さんとか、つかさんとか、面白かったんですよね。すごく分かりやすくて親しみやすくて。

 そういう、誰もが共感できる世界観を持ったものは今、少ないのかもしれません。でも、それって絶対に必要なものじゃないかって僕は思うんですよ。だから情報化社会の流れの中では僕らのやっていることなんてシンプルすぎて「面白みが無い」って言われるかも知れないけど、続けていくことは大事なんじゃないかって


※ よしもと新喜劇:毎日放送で毎週土曜昼に放送されているコメディー番組。吉本新喜劇所属の芸人たちがなんばグランド花月で上演するコメディー劇を公開録画したもの。
※ 当て書き:出演者のキャラクターに合わせて役を設定し、台本を書くこと。
※ カクスコ:作/演出の中村育二を中心に男性6人で結成された劇団。何気ない大人の日常を温かいユーモアを交えて描き、人気を博す。劇中で歌われるアカペラも呼び物だった。2002年1月解散。
テレビの裏側から再び演劇へ
―大学卒業を期に、一旦活動を休止しますね。再開へと至った経緯は?

 大学を卒業するときには1回白紙に戻したんですよ。僕も演劇で食っていこうなんて考えてなかったし。それで、たまたま誘われた映像の製作会社でADをやり始めたんです。
 僕は今でもあの時の経験が生きていると思うんですけど、とにかくあのテレビの世界で、本当に色々なことを勉強させてもらいました。例えばドキュメントにおける“撮る側”と“撮られる側”の立場の違いであるとか、それをアウトプットするときの責任であるとか。そういう様々な問題の縮図的なものを見させてもらいながら働くうちに、純粋に「もう一回お芝居を作りたい」っていう思いが湧いて来たんですね。今の自分ならもうちょっと良いものができるんじゃないかって、素直に思えたんです


―テレビの世界と対比することで、演劇の面白さを再確認できた?

 そうですね。テレビではテレビでしか伝えられないものがあるし、演劇では演劇でしか伝えられないものがある。やっぱり役割がちゃんとあるって。逆に言えば、そうじゃないと演劇というものが文化にはならないんですよね
「そうあって欲しい」という願い
―【Theatre劇団子】の作品を観ていると、“大人になりきれない人たち”への石山さんの偏愛を感じます。その偏愛はどこから?

 単純に、自分が自立できてないからだと思います(笑)。
 …今まで僕の周りには、必ず僕を助けてくれたり支えてくれる人がたくさんいたんですね。だから、いろんな人によって自分が“生かされている”っていうことをすごく感じるんです。それって楽に聞こえるかもしれませんけど、でも実は、すごく辛いんですよ。自分が情けないし、「なんで俺いま生きているんだろう?」なんて考えてしまう。
 世間の人はみんな本当に精一杯胸を張って生きているし、ちゃんと仕事をしてお金を稼いでいる。それは僕だってものを書いたりしてお金は稼いでますけど、でも、実際のところ「演劇と、ちょっとした仕事をしてるだけで生活できてるじゃないか」っていうところで、すごく引け目みたいなものを感じるんですよ。だから特に一人になるといろいろ考えてしまって、「なんて自分は情けない人間なんだ」って自分を責めるんですね。
 …でも逆にそれが僕の原動力にもなってるんだとは思うんです。そうやって自分を責めれば責めるほど話が出てくる……完全にMですよね(笑)


―そうして出てきたものを1回突き放して、エンターテイメントに昇華しなければならない。それは大変な作業だと思いますが

 確かに普通の忍耐力ではできないかもしれませんね。でも、純粋にそれをそのまま出したら、ただの嫌な奴になっちゃう。だからそこは滑稽に見せることでバランスをとってます。
 やっぱり人間ってバランスが取れてるものだと思うんですよ。どこかで不幸があれば、どこかで必ず幸せなことがあると思う。だから僕は悲しいだけで終わる芝居は嫌だし、笑いだけで終わる芝居も嫌なんです。そこでバランスをとりながら作る。そうして出来上がったものが「またハッピーエンドだったね」って言われても、最終的に人はそれを求めるんじゃないでしょうか。少なくとも僕はそれを求めるし、そうあって欲しいと思うんです

隙がある人が好きなんです
―「分かりやすさ」の一つの武器として、毎回芝居に映像を取り入れてますね。また、クレイ・アーティストの工藤道絵さんの手によるチラシもお馴染みです。そうしたメディア・ミックスも【Theatre劇団子】を観る楽しみの一つですね

 特にメディア・ミックスをやろうと考えているわけではないんですけど、やっぱり演劇は総合芸術ですからね。チラシで楽しめて劇場に来るまでワクワクできて、幕が開いたら映像があって芝居があって、今作なら生演奏まで入る。それって単純に楽しいじゃないですか。僕はチラシを受け取った時点からお芝居は始まってると思うし、帰りの電車の中でだって良い気分でいてもらいたい。だから、あくまで基本はお芝居ですけど、それを目一杯楽しんでもらうためにいろいろ取り入れてるってことなんです

―演出について少し。【Theatre劇団子】のキャストには「クラスのちょっと変な人を集めたらこうなった」というような親近感を覚えます。演出をつける上で大事にすることは?

 うちの役者の多くとはもう長年の付き合いだし、「こいつの、この良さを知ってるのは俺だけだ」って思いがあるんですよ。その良さを出してあげることが役者にとって何よりのアピールになる。だから、その人の一番いいところを見せられるように――もうそれだけですね。

 これは「演出家としてどうなの?」っていろんな人から言われるんですけど、僕、演技が上手い人よりも、どこか欠陥だとか隙がある人を好きになってしまうんですよね。「俺も同じだよ!」みたいに感じてしまって(笑)。
 例えば【Theatre劇団子】の役者は動きが弱いんですよ。動かすと、すっごく不器用(笑)。でも、その不器用さが愛おしいというかね。「おまえ、可愛いなぁ」みたいな(笑)。
 で、欠陥があるからこそ、逆にそこを出してあげたいって考えるんです。

 これまで僕は、役者としてよりも人間として好きな人とずっと対話してきたんだと思います。もちろん芝居する時は“演出家”対“役者”なんですけど、でもその前に人間として「愛おしい」と思える役者と付き合ってきたし、これからも付き合っていきたい。客演さんもそういう人たちを選んで出てもらってます。そうすることによって多分、芝居全体が少し温かくなってると思うんですよ

憧れの聖地への挑戦
―さて、今作『君とボク』について聞かせて下さい。今回、ついに紀伊國屋ホールに挑戦します。これまでは新宿のモリエールが中心だったので、キャパが一気に倍以上になりますね

 超・無理してるんですけど(笑)。紀伊國屋ホールって僕の中では聖地なんですよ。自分で一番観に行ったのも紀伊國屋ホールだし。だから、正直「どうしよう?!」って感じではあったんです。
 でも、これまでうちを贔屓にして下さったお客さんたちがいて、その方たちの応援に報いるためにも、やっぱり劇団として成長している姿を見せていかないと駄目だって思うんですよ。それと、うちももう13年目。辞めていった人間もたくさんいます。そういう人たちにも僕たちがまだ続けていること、少しずつでも大きくなっていることを見せたかった。……って、別に爽やかな気持ちでそう言ってるんじゃなくて、どっちかっていうと性格悪いですけど、「見返してやる!」みたいな意味で(笑)。正直、それも僕が芝居を続けている一つの理由かもしれない。それで、大変だろうけども挑戦してみよう、と


―その挑戦を、石山さんは「スタート」だとおっしゃっていますね

 多分、こうした大きい小屋を経験したその次からって、いろんなものがリセットされると思うんですよ。環境も変わるだろうし、役者たちの考えだって変わることも多いでしょう。もしかしたら役者が入れ替わる、そういう区切りにもなるのかもしれない。でもそれは別に悪いことじゃないと思うんです。
 とにかく、ここまでの区切りとしてひとつ、いまできることを最大限やる。そこに意味があると思う。……これで終わりだったらどれほど楽かと思うんですけどね(笑)。
 でも、“その先”を考えているからこそ今回のことがあるわけで、「スタート」というのはそういう意味です


―興行的なことは別にして、石山さん自身はこの公演の成功をどこに置いています?

 それはもう僕たちの中では明確になっていて、やっぱりザ・カスタネッツさんとのコラボレーションを成功させることですね。
 今回の作品は絶対にうちだけでは成立し得なかったと思うんですよ。正直、うちの芝居を一番活かせるのはモリエール的なルーム・サイズかもしれない。だから紀伊國屋ホールの広い空間をどのように使い切るかって考えたときに、ストーリーを詰めて作っていくよりも、オモチャ箱をひっくり返したような作品にした方がいいと思ったんです。だからといって「ギャグ押し!」っていうわけじゃなくて、ちゃんとした話はあるんですけど、それよりもやっぱり世界観。大人の役者たちが小学生に扮して作り上げる、幼い世界観――それをしっかりザ・カスタネッツさんの歌につなげていくことができれば、すごくシンプルで小さいストーリーなんだけど、その中に壮大なものをお見せできるんじゃないかって思うんですよ

ザ・カスタネッツ×Theatre劇団子
―話が出たザ・カスタネッツとのコラボレーション。これはどんなところから実現したんですか?

 たまたまうちのスタッフ(工藤道絵さん)がザ・カスタネッツさんと知り合いで、それで前回の『公園で逢いまショウ』を観に来て下さったんですね。そのときにご挨拶したら「何か一緒に面白いことができれば」って向こうから言って下さったんですよ。で、もう「うわっ、これはチャンスだ!」って(笑)。僕、カスタさんが大好きだったんで

―ザ・カスタネッツの音楽の魅力って?

 やっぱり、人間性が音に出ているところだと思います。うちの劇団と、距離感とか温度感とかがすごく近いと感じるんですよね。特に奇をてらったことをやるわけではないけど、でも「なんだか温かいよね、この空間」って思わせてくれるバンド。音もそうだし、メンバーの皆さんの魅力もそう。バンド全体の人間力とでもいうものが、絶対にうちとは合うなって思うんですよ

―曲は全曲書き下ろし。もう完成してる?

 できてます。すごくいいですよー! 作品の世界観を知ってもらって、稽古場も見に来てもらって、それで曲を作って頂いた。こんな贅沢はちょっと無いですよね。なにせ自分が普通にお金出してCD買ってた人たちですから
忘れちゃいけない大切なもの
―今作『君とボク』。どんなお話なのか簡単に教えて下さい

 20年前の広島の小学校が舞台なんですけど、1986年って広島空港の移設が決まった年なんですね。そんな問題がありつつも小学6年生たちの他愛無い毎日があって、そこにある日、一人の男の子が転校してくる……って、すみません。これ以上は上手く説明できないんですよ。本当にシンプルな話なんです

―石山さんも小学校の頃は転校が多かったとか

 そうなんです。それに、大阪で僕が住んでたのは伊丹空港の近くで、飛行機がびゅんびゅん飛んでたんですよね。だから本当にこの話には僕の実体験が込められてます。「あんな奴いたな」「こういう奴もいたな」って思いながら書きました

―最後に、楽しみにしている皆さんに向けてメッセージをお願いします

 本当にもう、楽しんで帰って頂きたい――それだけなんですね。誰もが持っている、誰もが経験してきた小学生の頃の思い出とか、そういったものに触れて欲しい。
 「忘れちゃいけない大切なもの」とか「失っちゃいけないもの」とかって言うとすごく安直で格好悪く聞こえるかも知れないけど、僕はそれを格好悪いとか恥かしいとか言いたくないんです。それは決して恥かしいことじゃないし、僕は失いたくない。そういったものを、皆さんにも感じて頂ければと思います
 【Theatre劇団子】の芝居を観ていると、ときに舞台上に“かつてあり得たかも知れない自分”を見出して、不思議な郷愁にかられることがある。それはきっと、誰もが大切に思いながら失ってしまう何かを、彼らがてらいなく引き出して見せるからなのだろう。

 “家に帰るまでが遠足です”って言いますよね。お芝居もあれと一緒です。観てくれたお客さんに帰りの電車の中で「小学校のときのアイツ、いま何してるんだろう?」なんてことを考えてもらえたら、最高ですね

 そんな石山さんの言葉に、彼らが目指す芝居の温度感がよく表れていた。



 5月。ふと息をついた心の隙間に、ふさぎの虫が這い込みがちなこの季節。しばし止めた足を劇場に向け、【Theatre劇団子】がいざなう“あの頃”へと思いを馳せてみてはいかがだろうか。
 明日へのカンフル剤は劇場にあり!
2006/4/29 文責・インタビュアー:北原 登志喜 撮影・編集:鏡田伸幸
【石山英憲 インタビュー】
BACK 

Questions?Problems?Suggestions?Contact backstage@land-navi.com
BACK STAGE【SideA】 Since 1999/09/01.2000/10/01.Presented by LAND−NAVI
Copyright (C) 2006 LAND-NAVI .All Rights Reserved.