【詩森ろば インタビュー】
中谷宇吉郎との
  不思議な出会い
―そもそも、なぜ中谷宇吉郎の話を書こうと?

 昨年、ロシア・アヴァンギャルドの建築家の話(『機械と音楽』)を書いたんですね。政治と芸術の相克みたいなものが書きたくて。ロシア・アヴァンギャルドはロシア革命と密接な関わりを持っていて、革命の挫折とともに衰退していきました。つまりそれは、基本として挫折の話だったんです。でも書いていて、芸術家たちが新しいものを作り出していくパワーってすごく面白いなって感じました。それで今度はその、ものを作るパワーに焦点を当てた物語を書きたいって思ったんです。どうしても政治とか社会が(作品に)入ってくると、絶望が入らざるを得ない。でもいま、絶望はものすごく世界に溢れていますよね。だから勇気を持って、もっと明るい希望の話を書いてみよう、と。

 だから先に切り口があったんです。科学者の話で、ものを作る話で、尚且つそれがいわゆる“科学の進歩に伴う弊害”とは無縁の、クリエイティブな喜びに満ちたもの、っていう。その切り口のもとで探したら、「寺田寅彦先生が面白いんじゃないか」って言われたんです。ただ、寺田先生はもうすでにマキノノゾミさんが『フユヒコ』っていうお芝居にされていた。で、その周りを調べていくと、寺田先生のお弟子さんの中に中谷宇吉郎先生がいたんです。人工の雪の結晶を作った科学者だということで、「あ、この人だ!」って思いましたね


―『機械と音楽』の中で、貧困の為に自身のデザインを実現化できなかった失意の建築家に向かって友人が「どうせなら雪の結晶でも研究すれば良かった」ということを言いますね。あれは中谷宇吉郎のことが念頭にあった?

 それが違うんですよ! あのときは中谷先生のことを知りませんでしたから、あのセリフは偶然書いたものなんです。だから、好きなセリフではあったけど忘れていて、あとで思い出してびっくりしました。私の気持ちの上で続いている作品が、エピソードとしても続いているんだって分かって

―「明るい希望の話」とおっしゃいましたが、確かに中谷宇吉郎という人はとにかく明るいですよね

 そうですね。時代もそうだったんじゃないでしょうか。この話は2.26事件の1ヶ月後くらいなんですけど、その頃はまだ庶民レベルだと希望がいっぱいあって、日本にはこれから良いことがたくさんあるんじゃないかっていう、世の中全体に希望があった時代だと思うんですよ。そういう時代についてもかなり意識して探しましたね。敗戦を過ぎちゃうとちょっと違うし、それ以前はもっと破天荒な魅力はあるけれども、世界の中で日本は相対化はされていない。世界があって、その中で日本が「これからいかようにも行けるぞ!」っていう時代を探すと、やっぱり大正の最後くらいから昭和のあのくらいまでしか無いんですね。だから、そこらへんで書くしかないなって思いました

―その時代で、正しく願った通りの人に出会ったわけですね。とても縁を感じる出会いですが、初めて中谷宇吉郎を知ったときの感想は?

 もう、すぐ分かりましたね。「これは書かなきゃ駄目だ」って。嬉しかったですね。『機械と音楽』の時も政治に負けていった芸術家の話が書きたいと思って探したらロシア・アヴァンギャルドが見つかった。そういうように切り口が先にあって題材を探すというのはよくあるんですけど、それでも本当に運が良かったですよね


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