今回のBACK STAGE REPORTは、練馬区にある【劇団黒テント】のアトリエからお送りする。
奇しくも、前回までの「ラフレシア円形劇場祭レポート」に続き、野外(テント)公演を間近に控えた劇団の稽古場にお邪魔することとなった。
テント公演の<東の雄>、【黒テント】が今回取り組む舞台は、その名も『絶対飛行機』。あの、‘9・11’を、演劇の言葉で語る、そういう芝居である。
アメリカのイラク攻撃が続く中、あの日に立ち帰る【黒テント】、その意気込みや如何に。
充実の稽古風景と共に、役者さん、作・演出の佐藤信氏、プロデューサーの宗重博之氏へのインタビューをお届けする。
役者インタビュー
BACK STAGE REPORT 〜黒テント公演「絶対飛行機」 【取材リポート佐藤信インタビュー】〜

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佐藤 信 氏

 役者さんたちが部屋を出てすぐに、1階の稽古場が騒がしくなってきた。どうやら音楽稽古が始まるようだ。時折響くリズム隊の低音に、空気が小さく揺れる。
 ここで、このアトリエの構造について少しだけ。2階建ての建物、その1階がメインの稽古場になっている。そこで公演を打つ事もあるだけに、なかなかに広い。方形のその稽古場の一辺、表の通りに面した壁はシャッターになっていて、外に向かって解放された空間に変える事も可能だ。天井も高く、ちょっと倉庫を思わせる作り。2階には事務所、及びもう1つの稽古場があって、先のインタビュー中、その稽古場からは自主練習の声がずっと聞こえていた。事務所は2部屋あるようで、我々のいる部屋は応接室も兼ねているようだった。
 ややあって、作・演出の佐藤信さんが顔を出して下さった。お気に入りのパイプを手に、泰然と席につく佐藤さん。物腰がとても柔らかい。早速、今公演への想いを語って頂いた。

基本は大道芸

― 佐藤さんにとって久々のテント公演ですね。テントの面白さは?

 なによりも・・・・・・変でしょ? テントって(笑)。「変」っていうのはつまり・・・・・・普段した事のないような事をお客さんはする訳ですよね。本当は劇場ってそういう場所だと思うんですよ。普段できないような事に遭う。例えば、昔は劇場ぐらいしか立派な建物って無かったわけです。ホテルなんて普通の人は行けなかったから、普通の人が行ける最も豪華な場所が劇場だった。それだけに、劇場に行くっていうだけでお客さんもワクワクする。普段は着ないような服で着飾って。そういう意味でも「変」ですよね。でも今、劇場はそういう場所じゃなくなっている。テレビで見るような人が舞台に出て来たりして、他でも求められる娯楽の一部になった。でも、劇場に1番大切なのは「変だ」って事なんじゃないでしょうか。
僕らがやっている仕事の大元は、大道芸だと思ってるんです。大道芸というのはやっぱり、変じゃないと人が足を止めないですよね。更に言えば、道行く人が「あれ?」と止めたその足を、一定時間留めさせなければならない。で、最後に、これが1番難しいんですけど、お客さんにお金を出させる。それが、僕達の仕事の基本だと思います。その大道芸が持っている要素を、テントはすごく持っていると思うんです。いかにも「変」ですからね。街中にいきなり現れて、「え!? なんだろう??」って・・・・・・その感じが僕は好きなんだけど。また、大道芸っていうのはいかがわしいですよね? 或いは芸じゃなく包丁を大道で売ってる物売りだとか。みんな、最初は疑り深く見ている。でも、最後には騙されて買うわけですよ。「コレは便利だ!」とか思っちゃって(笑)。ああいう、出会い頭みたいな魅力って1番大きいですよね。だからその、お客さんの足を止めさせた「いかがわしさ」をいかにして引っ張るか。ま、僕らは御代は先に貰っちゃってるんで、それに足るだけのいかがわしさを見せられるか。そういう面白さがテントにはありますね。

いじめられるプロでありたい

もう1つテントの良いところは、サーカスなんかも同じだけど、お客さんが優越感を持って、強い立場で来るでしょ? 「この人達は変な人だ」「この人達は住む家も無くて」みたいな・・・もちろん僕ら、住む家くらいはあるんですけど(笑)。とにかく、健全な好奇心を抱いて、っていうのとはちょっと違う。そもそも芝居っていうのは決定的に役に立たないもの、決定的に妄想です。それを、大切なお金を払って見に来る訳ですから、お客さんは一方的に要求できる立場な訳ですよ。「これだけ払ったんだから、俺を楽しませろ」って。そして、そういう、優越感を持った立場で見てもらうっていうのが、実は凄く大切なんですね。芸能っていうのは、本当はそういうものでなくちゃいけない。例えば、凄く優れたお笑い芸人達なんかは、馬鹿にされるように馬鹿にされるようにと持っていくでしょう? 変なかつらをかぶったりして。いじめられる、馬鹿にされる。そういう部分を失って、ただのカッコイイ仕事になってちゃだめなんです。舞台上の人間の方が偉そうに見えてしまってはいけない。それは逆に言えば、いじめるお客さんに負けてるって事ですからね。お客さんは本質的にいじめる存在なんです。あいつはヘタだとけなしたり、あくびしたり寝たり、ってする訳です。そういうことを、いじめられるプロとして、したたかに受け止めるって事が僕等の仕事の基本だと思うんですね。そういう関係がはっきり見えるのが、僕はテントだと思っています。

子供に道徳的な芝居を見せても駄目

いじめられるプロがいなければ、いじめは周囲へと広がっていく。弱い者いじめとなって。それが、人間が持っているバランスです。人間はプラスの方に行こうと思ったら、それだけマイナスの面も持たなければならないんですよ。どんどん権力を持つようになった人が、どんどん悪い事もするようになる。或いは、聖職者と呼ばれる人が裏では少年をレイプする。それは、そうしなければ、プラスの側面が保てないんですね。人間っていうのはそういうものだと思うんです。そして、そういったマイナスの部分を受け止める働きを芸能は持っている。人間の知恵の産物ですね。
いかがわしく。一切のマイナスを受け入れられる程にいかがわしく。その事のプロになって、初めて僕等はプロと言えるんじゃないでしょうか。

前に世田谷でディレクターをやっていた時に、子供の為の芝居をやったんですけど、学校で、例えば「泥棒をしちゃいけない」って教える。では芝居では何を見せるかというと、「人間はたまには泥棒をしなくちゃ生きていけないこともあるんだよ」という事を見せる訳です。その両方があって初めて「泥棒をしちゃいけない」という事がちゃんと伝わる。「人を殺しちゃいけない」って教えるのが学校なら、「人間はどうしても人を殺したくなることがある。あなただってそうだよ」っていう事を教えるのが芝居なんです。その時はじめて、人を殺してはいけない、ってことが凄くリアルに感じられる。人間のもう1つの側面を見せるのが芝居なんです。子供達に芝居を見せるのに、道徳的な芝居を見せてもしょうがないんですよ。

YES、NOで割り切れないもの

― 今回のお芝居についてお聞かせ下さい

・・・よく、「芝居のテーマはなんですか?」と聞かれる事があるんですが、もしそんなものがはっきりしているのなら、横に書いて置くと(笑)。例えば、「愛と希望」がテーマなら「愛と希望がテーマです」と書けば良いんですよ。それをわざわざ芝居にして見せるのは何故かと言えば、「愛」や「希望」という言葉では表しきれないものがあるからなんですね。
で、今回、9・11の芝居を書きましたけど、あの時にブッシュが言ったように、本当にどっちかの立場しかないのなら、芝居のテーマをハッキリさせるためには、どっちかの立場に立てばいい訳です。あれは悲惨なテロリズムだ、或いはあれはアメリカ帝国主義に対する鉄槌だ、という風に。けれども、皆があの時受けた衝撃っていうのは、深い所ではそんなものじゃなかったはずなんです。みんなが割り切れないものを感じたと思う。だから、あの時の衝撃について考える事が必要だと僕は思ったんです。
・・・実は、「あれは本当は何だったのか」って考えると言っても、僕らは何も知らされていないんですね。情報が与えられていない。だったらちゃんと「わかりません」と答える事です。

あの事件をフィクションの中に閉じ込めたいと思った

例えばアメリカ的グローバリゼーションへの抵抗だとか、色々言いますけど、そんなの全然リアリティーがないですよね。それは多分、僕ら― あの時死んだ人達、操縦桿を握っていた人間も含めて ―が全員、当事者じゃないからなんだと思います。ホワイトハウスに突っ込んでブッシュが死んだ訳じゃない。もし言われているようにハイジャック犯がアルカイーダの人間だったとして、あれだけの事を自分で計画を立てて実行できるはずがないから、彼らだってテロリストと呼ばれるべき当事者ではない。彼等はただの兵士ですよ。退路を絶たれて、前に進む以外にない、それが兵士の常であって、それを当事者とは言えないでしょう? 当事者で無い者たちが死ぬ、ならば自分にも起こるかもしれない。あの事件で1番リアリティーを持って感じられたのはその事なんじゃないでしょうか。いつ自分の上にも飛行機が落ちてくるか知れない。もしかしたら自分はもう突っ込む飛行機に乗っているのかも知れない。もっと言えば、自分が操縦桿を握る事になるのかも知れない。あそこで見たのは、現在の自分たちの姿だった。おそらく皆あの時に、未来に対して「希望がないな」って、どっかで思ったんじゃないでしょうか。でも・・・・・・ああいう事も起きるけれどその分、希望に対してだって世界は開けている、そういう風に考えられる日々に戻りたい。だから、どうしても事実に対するショウを作らなければなぁ、って思ったんです。ショウだったら幾らでも言えるわけですよ。どっちの立場に立つだとか、いや、そいつはおかしい、だとか。その為に今度の芝居を作ったんです。あの事件に対しては、そういうフィクションを創っていく必要があるんですよね。あれを、あれに対抗できるようなお話の中に閉じこめて、普通の日常に戻って行く。その為に。

「その街にテントが張れる」付き合いが大事

― 再びテントの話に戻ります。テントならではの苦労は?

 苦労を言っちゃいけません。自分で好きでやってて、何言ってるんだって怒られちゃう(笑)。本当に、ホームグラウンドに帰って来たなという想いですよ。北千住の方たちも、前回のテント公演の時から、すごく好意的に受け入れて下さっていると感じています。やっぱり、街に好かれないとね、大道芸の人は。・・・昔、僕等がテントで周っている頃の唯一の自慢は、公演が終った後の掃除が綺麗な事でした。そういうふうに、気は通常時の3倍は使っています。だって、やっぱり嫌なものですよ、自分の家の隣にテントが立つのって。だから、好意的に受け入れて頂いている時に、僕等がそれに対して何が返せるかが大事ですね。それには面白い芝居をお見せしてもしょうがないんです。そうではなく、掃除をしっかりするだとか、そういった人としての付き合いの基本的な部分でお返ししていく。そういう、原初的なお付き合いの上にテントっていうのは成り立つんです。そして、その中で芝居をやる楽しさっていうのがある。街の人が芝居を見に来てくれるかどうかよりも、その街にテントが張れる付き合いが続けられるかどうか、というね。庭先を貸してもらっておいて「芝居も見に来て下さい」ってのは物凄く傲慢でしょう。大道芸人がお金を貰えるかどうかもそこですね。芸がいくら上手いからって、お金は貰えない。そこに人間が見えた時に、お金は貰えるんです。

― テント公演というのは、本当に人間の関係性の上に成り立つものなのですね

 そうですね。具体的に見えますからね。・・・・・・なんと言っても、楽屋が街ですから(笑)。テントから出ると、街に出る。守られてないんですね。そこでは永遠に変な人ですよね。変な衣装を着て、もうこんないかがわしい奴はいないですよ(笑)・・・・・・そこで、思い知るんですね。それって大事な事だと思うんですよ。テントの若い人達にもぜひ知ってもらいたい。なんでテントをやってるのか。それは実は僕達の仕事の原理的な事なんだよ、って。
 人々のマイナスを受け止める芸能。その役割に忠実に、あの巨大な負=9・11をお話の中に閉じ込めようとする佐藤さんの試みは、北千住のテントで、どんないかがわしい「妄想」となって現出するのか。「ホームグラウンドに帰って来た」佐藤さんの手練が楽しみである。
2003/4/6 文責・インタビュアー:北原登志喜 撮影・編集:鏡田伸幸
役者インタビュー
BACK STAGE REPORT 〜黒テント公演「絶対飛行機」 【取材リポート佐藤信インタビュー】〜

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