話の内容は「演じること」から「芝居そのもの」へ。そして、劇団の今後へ。斎藤さんの話はあくまで【黒テント】を軸に展開するが、一般論としても多くの示唆に富む。意外な発見をもたらす「役者的発想」は、後半に入ってもますます好調だ

BACK STAGE REPORT 〜黒テント公演『ぴらんでっろ』〜【藤晴彦インタビュー(2)】〜
藤晴彦インタビュー(1)】 
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け取りかたは十人十色、それでいいんです
―さて、原作はこれまでのお話にもあったように、非常に激しい感情がぶつかり合う芝居です。また、舞台の上だけでなく、本国イタリアでの初演の際には客席でも乱闘騒ぎが起こったとか。さすがに今の日本で乱闘ということはないでしょうが、こういう激しい芝居を観客にはどのように観て欲しい、というのはありますか?

うん、僕ね、ここまでいろいろ言ってきましたけど……でも、たかが芝居なわけですよ。だからご覧になる方には、娯楽として楽しんで貰いたい、っていうのがまずあります。これがなんか妙にね、難しく映っちゃったら駄目なんだと思いますね、演じる側の問題として。ピランデッロも劇作家だから、お客さんに喜んで貰おうと思って書いているに決まっているわけじゃないですか。「演劇を破壊する」っていう風に言っていても、それを舞台で面白おかしくやっているわけだし、「じゃあピランデッロは演劇はやらないのか?」って言ったら、彼は演劇をやっているわけですよね。だからね、これはそういう外題なんです。外題っていうか、そういう演目だって僕は思いたいんですよね。一本の芝居で世界が変わるわけはもちろんないし。やっぱり観に来たお客さん十人十色でね、受け取りようは自由なんです。ものすごく深刻に受け取って帰る人がいてもいいし、ものすごいドタバタだったって思って帰ってもいいし。まぁ「つまんなかった」って言われたら困っちゃうけども(笑)、つまんないって言われてもしょうがない、とかね。やっぱりこう…あんまりこの芝居を、本なんかに解説されているような、難しいものとしてアカデミックに考えてないんですよね、僕は。都合よく、いいとこ取りっていうかね(笑)。あんまり妙なところに行っちゃって迷路に入るよりは、もう誤読して、僕らのレベルでやろうっていうのが正直なところですね。本当に深くやったら多分、僕なんかとてもできないし、日本の新劇がこの芝居をやらなかったっていうのも、きっとそういうことだと思うんですよね。「これは難しい」ってなっちゃって

―確かにそうした捉え方はどうしても出てきてしまうようですね。でも、斎藤さんも言ったように、結局この作品は戯曲として書かれているわけですね。つまり、演劇の虚構性を指摘する<登場人物>たちですら、役者が演じる「役」であるわけです。だからこれは、例えば演劇をいじくりまわして楽しむ喜劇、とも読めるわけですね

そうです、そうです。それからまた、このピランデッロの作品っていうのはある意味、それからのいろんな芝居の基を作ったっていうのもありますよね。「何が真実か、何が事実か」っていう芝居、いくらでもあるじゃないですか。あと「探す」というテーマね。何かを探す。日本の小劇場の場合、ほとんどがテーマは「探す」ですからね。みんな基本的には原点はこの『作者を探す六人の登場人物』じゃないかと思うんですよ。だからあの、あんまり絵解きをするようにじゃなく観て頂きたいですね。もちろん、この作品は今の作品と比べても遜色ない、古くない芝居ですし
面蒼白になって考えなさい、って
―東京での公演場所が中野光座。「異空間」という感じのスペースですね。これはやっぱり演出的な意図があって?

うん、みんなで見に行ってね、ちょっと小さいんですけど、非常に不思議な雰囲気があるんですよね。なんかねぇ…まず、こういうところには積極的には来ないだろうな、っていうね(笑)。だけど、お客さんがね、そこに初めて来た時に「こんなところ、まず自分じゃ来ないな」っていう場所で芝居をやりたいなと思いまして

―いかにも何か出そうですしね(笑)

いや、出ますよ、あれは(笑)

―さらに今回はこの芝居を持って、南は鹿児島から北は山形まで、全国を周りますね。
テントを持っての巡業とはまた違いますけれども、この旅公演で楽しみにしていることは?


多分ね、僕らの芝居を観ている黒テントのファンはね、驚くと思いますよ。やっぱりなんて言ったって、音楽が、楽器の演奏がないんですから。それと、今までのものとは構造が全然違いますし。…でも、よく見ると黒テントの芝居は全部これなんですよね。それが分かって貰えたらいいな、と思うんですよ。あとね、場所によってはとても立派な劇場でもやるんですけど、その時にはこれ、ひょっとすると、とっても新劇っぽい芝居になっちゃうんじゃないかと思ってるんです。で、僕はね、それでもいいと思ってるんですよね。
僕らテントの役者が、僕らがやってるスタイルとは違う、いわゆるセリフ劇というか、そういう風なものをやる。それをまた舞台上で<劇団員>たちが見ている、という芝居の構図なんですけど、そこで今回はたくさんの役者を、セリフがほとんど無い役で出してるんですね。みんなよく出てくれたなって思ってるんだけども。…でもこれ、ただ「そこにいる」だけじゃ駄目なんですよね。この人たちがいろんなことやんないとお客さんが分かんないわけですよ。
いつもだと黒テントの俳優っていうのは、だいたい作家が平等に書いてくれますから、みんなセリフも出番も一緒くらいなんです。だけど、そういう芝居ばかりとは限らない、と。セリフが一個もない役もあるし、ものすごくある奴もいる。これが芝居だということもね、劇団で分からせることも大事だと思うんですよね。いつでもキャスティングされるとか、いつでもいっぱいセリフがあるとかっていうのは大間違いでね。で、お客さんの前でセリフがなくてずーっと舞台上にいる時に、その人がどうするか。非情な言い方だけど「君がなんにもやらなかったらお客さんがそっぽ向いちゃうんだよ」ってね。そういう、ある種の修羅場にね(笑)、みんなに立っていただいて、なおかつそこで楽しいっていうね、それを楽しめるっていう風になんないと、ですね


―舞台上にいる<劇団員>たちが目の前で起こっていることに対して感じているリアリティー、それが観客にダイレクトに伝わるわけですからね

そうです、そうです。お客さんはそこを見ますもん、絶対に

―だからある意味で、役者にとっては本当に試される場でもありますね

そうなんです。で、僕ら、それをやられたことがないんですよ。僕たちの芝居っていうのは、役者の危急存亡なんてこと、なかったんですよね。やっぱりそういう、背水の陣に立ってですね…って、別に劇団が追い詰められてるってわけじゃないですけど(笑)。
……でもやっぱり、演技的にはもうね、追い詰められていると思います、僕らは。そろそろ、ね


―そうお感じになりますか?

うん、僕はそう思いますし、劇団のみんなにもそう思って貰いたい。やっぱりね、もうちょっと演技っていうものについて、顔面蒼白になって考えて貰いたいんですよ。自分が役者として存在できるのかどうかを考えなさい、ってね。黒テントにいるとキャスティングされますからね、なんか役者になった気持ちになっちゃうわけですよ。でも、それじゃ駄目だと思うんですね。社会性がなくなっちゃう。もうちょっと自分が役者だっていうことの社会的な意味を考えるっていうことも必要だと思うんですよね。それも今度、ちょっとでも考えて欲しいなって思います
じることに欲をもって
―さて、去年から今年にかけて、【劇団黒テント】は世代交代を見据えて活動をしてきました。これまでに出た斎藤さんの役者に対するきびしい要求も、そこを睨んでのことと思います。その今年も半ばをかなり過ぎたわけですが、黒テント代表として「その先に見えてきたもの」は?

来年からある部分では劇団の組織構造も変わるしね、メンバーは同じですけど、芝居の打ち方も変わってくると思うんですよ。やっぱりこう、僕とか山元清多とか、佐藤信とかの創立メンバーが主導でやってきた劇団ではなくなる。なくなんないと駄目だと思うんですね。そのためには他の人間がどんどん実力をつけていかなきゃどうしようもないわけで、新しい作家・演出家も、若いのが劇団にいますけど、そういう人たちの活動が来年からできないと、またも年寄りを引っ張り出して(笑)、結局は「そういう劇団」で来年も丸く収まっちゃう。それはもうやめようと、みんなで話し合ったんですね。だから、こういう芝居で「演じる」っていうことに対して、もっと欲をかいてもらいたい。そうすればできると思うんです。演じることに欲がないといつまで経ったって年寄りの芝居で教えられているっていう、学校みたいになっちゃうんですよ。そうじゃなくて、自分がみずから生徒であることをやめる。そういうことがないと、いくら組織だけ変えたってね、「仏作って魂入れず」になっちゃうわけじゃないですか。…だからね、意外とこれは大きいかも知れないですよ。この『ぴらんでっろ』の体験というのは。そこで、身に染みてもらいたいですね

―ちなみに組織構造が変わるというのは、具体的には?

もう来年は、役者も含めたいろんな人たちがやりたいレパートリーを提出してね、それをセレクトして上演しようと。今までは、そういう風にはやってこなかったわけですね。やっぱり作品は演出部っていうか、基本的には作家の山元清多と佐藤信、坂口瑞穂とか南俊一とかね、あと僕がたまにっていう具合で、個人が決定していたわけです。でも、これからは役者たちも、他の人も若い子も「こういうのやりたい」って言って貰って決めていく。まぁ、あんまりいっぱい提出されたらどうすんだ?と思うけど(笑)、そういうふうなことをやろうっていうね

―意思決定の形が変わってくるんですね

そうです。総会も多数決になったしね(笑)。もう、いろいろ変わった。内部の人事も変わってきてるし……だからね、そのことに対してね、「わー!」と盛り上がって貰わないとね。
テント】というカラーを忘れて
―最後に、今公演を楽しみにしている全国の方々に向けて、一言お願いします

あの、いつも思うことなんですけど、とにかくまた新しい芝居をやりたい。一本一本、新しい芝居を。いつだってそれだけなんですね。で、今回、その「新しさ」に対してはすごくこだわろうと思うんです。もちろん、ビジュアル的な意味じゃなくてね。だからこの芝居を、僕はあんまりね、先入観を持たずに観て貰いたいんですね。「黒テントの芝居」っていう風に見ないで貰いたい

―【黒テント】という先入観すら捨てて?

そう、そう、そう。「黒テントを観る」じゃなくて、「芝居を観る」っていう感覚ね。で、それが結果的に黒テントの芝居っぽかったって言われりゃいいんだけども、あんまりその、劇団のカラーとかってね、そういう風に観ない方が芝居は楽しくなるって思うんですよ。僕ね、本当に初めて芝居を観る人がこういう芝居を観たらどうなんだろうって、それがすごい楽しみなんだよね。こういう芝居こそね、音も歌もない芝居こそ、僕たちの芝居を観たことのないような人たちに観て貰いたい。で、言いたいことを、ちゃんと言って欲しい。この芝居はむしろ、そういう人たちのほうが分かるんじゃないかと思うんです。稽古がちゃんとできた暁には、そういう芝居になるんじゃないかなって気はしますね。
……まぁでも、今のところ、ものすごく難しいんですけど(笑)
今の時代に向けられたピランデッロの視線を、強く意識する斎藤さん。
心を動かし、その心の動きを見つめる。それは役者のみならず、現代に生きる我々すべてに、今まさに問われていることかも知れない。
けれど、「難しく考えないで欲しい」と斎藤さんは言う。「たかが芝居」だ、と。
その通り。芝居は娯楽なのだ。
だから、ただしく演劇的なこの言葉に従い、余計な先入観は持たずに劇場に足を運びたい。
「ピランデッロっぽい」とはどういうことか、興味本位で覗いてみようじゃありませんか。
(文中、一部敬称略)
2004/9/23 文責・インタビュアー:北原登志喜  撮影・編集:鏡田伸幸

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