この四月、東京の名刹・池上本門寺の大堂横グラウンドに、真っ黒いテントが立つ。

昨年秋に二人の若手演出家をデビューさせた劇団【黒テント】。
その【黒テント】、今年は創立メンバー三人の演出による、まったく趣の異なった三作品を上演するという。
その第一弾が、佐藤信氏が演出する『三文オペラ 新装黒テント版』だ。
今回のBACK STAGE REPORTは、公演を間近に控えたその【黒テント】のアトリエから、演出の佐藤信氏と、今作では剃刀左平次(原作でのマック)を演じる【黒テント】代表 / 斎藤晴彦氏のインタビュー、更には緊張感漂う稽古の模様をお届けする。

BACK STAGE REPORT 〜三文オペラ 新装黒テント版〜【古REPORT】〜
藤晴彦インタビュー】【藤信インタビュー】【重博之インタビュー番直前!テント内稽古REPORT
4月9日、午後6時。
西武新宿線の都立家政駅を十五分ほど歩き、【黒テント】の稽古場兼事務所へ到着した。
閑静な住宅街に紛れて、突如出現した怪しげ(?)な倉庫のような建物。何かを覆う青いビニールシートが周囲に点在し、資材置き場にも見える外観である。
入口に近付くに連れ、中から微かに数人の歌唱が聞こえてきた。公演を目前に控えた現在、稽古もすでに佳境を迎えているのだろう。
挨拶を済ませ、早速稽古場へと通して頂くと、果たして稽古の真っ最中だった。
稽古場は建物の中に二つ。一つは1階の音響、照明などの揃った部屋。そしてもう一つは、2階にある小道具置き場などを兼ねたシンプルな板張りの部屋。……我々が今いるのは、2階の稽古場である。
広い部屋の中央にベッドが一つ……そこに斎藤晴彦さん演ずる「剃刀の左平次」が、イビキをかいて大の字で横たわっていた。
【黒テント】による今回の公演は、『三文オペラ・新装黒テント版』。
『三文オペラ』とは、劇作家ベルトルト・ブレヒト(独)が、二百年前のジョン・ゲイ(英)の『乞食のオペラ』を改作した歌劇である。それを約十五年前に黒テント版として再構成、上演して好評を博し、そして今回は劇作家・山元清多氏がさらに手を加えリニューアルした新装版というわけだ。
小説、物語、詩、漫画などをそのまま演劇として成立させるという、「物語る演劇」のスタイルを標榜する【黒テント】にとって、世界的名作『三文オペラ』はきっと格好の素材なのに違いない。何だか、良質の食材に腕を振るう料理人のイメージにも似ている。
……いや、それだけではないかも。かつて昭和七年に『乞食芝居』と題してブレヒトの『三文オペラ』を改作上演した千田是也氏も、この作品について「これまでオペラを見ようとしなかった若い無産者が、突如として劇場に来るようになった」と述べている。
学生を中心とした新しい観客層に支持を受け、以降三十年以上の歴史を紡いできたという類似性を持つ【黒テント】にとって、ブレヒトの『三文オペラ』には、もしかしたら単なる素材以上の特別な思いがあるのかもしれない。
稽古場の入口のすぐ横には、演出家である佐藤信さんがドッカリと座り、じっと芝居を見つめていた。その張り詰めた空気に緊張しつつ、用意して頂いた椅子に座り見学をさせて頂くことにする。
シーンは、泥棒の頭目である左平次と、その情婦であるお光の一幕。
……結果から先に報告してしまうと、我々が見学をできたのは結局このシーンのみであった。
とにかく、半端ではない作り込みなのだ。僅かでも違和感を感じれば、佐藤さんはすかさず芝居を止め、ダメ出しを入れる。自身が役者の元へ足を運び、明瞭で丁寧な説明と共に身振り手振りで指導を行ない、時には実際に自分でやってみせる。そしてそのあと繰り返される芝居は、確実に進化を見せるのである。さすがは演出家としての膨大なキャリアを持つ佐藤さん、その手腕の妙とでも言うべきであろうか……。
印象的だったのは、佐藤さんが実に楽しそうに芝居を見つめ、指導、実演をすることである。
その指導自体は、決して簡単なものではない。
「色々なことが起きても、全体を掌握できているように」
「喜んだあとに、ちゃんとメリハリをつけて」
「面白くしようとしてやって」
時として困惑した表情を見せるお光に、佐藤さんはやはり「今のはこうだから変だった。こうしたらいい」と分かりやすく的確に説明する。そういった作業をひたすらコツコツと繰り返し、我々が見ている間にも同じワンシーンがどんどん修正、改善されていく。
その一方で、佐藤さんは純粋なNGには全く口を挟まない。会話や動きの僅かなタイミングは注意しても、台詞の間違えや詰まりなどは「いいよいいよ」と流してしまうのだ。
大事なのは台詞を正確に言うことではなく、感情の機微や人物同士のやり取りに齟齬を生まないこと……佐藤さんはまずそこを徹底しているように見える。
途中、休憩時間をインタビューに割いて頂き、一時間を置いて稽古が再開された。今度は場所を1階に移しての稽古である。
ここで一つ驚いたのは、インタビュー前の2階での稽古で使用したベッドである。実はこのベッド、我々がインタビューをさせて頂いている間に、2階の窓を取り外し、ロープで吊るし、1階へと下ろされてきたのだ。
恐らく、先ほどこの1階では別の稽古が行なわれていたのだろう。休憩時間を挟んで1階練習組と2階練習組が入れ替わり、引き続き稽古をするという手はずのようである。
   
2階とは違い、1階には音響設備が並び、高い天井には演出用ライトがいくつも備え付けられている。芝居を見守るスタッフもズラリと揃った中での、より本番を意識した稽古をするための場所のようだ。
前から二列目の特等席に座らせてもらい、すでに始まっている稽古を拝見する。……ふと、パイプから漂う甘い香りが鼻腔をくすぐった。パイプを片時も手放さない佐藤さんである。どうやら今日はこのシーンに付きっ切りのようだ。
ここでも先ほどと同じく、左平次とお光の一幕が何度も何度も繰り返された。
どれほど芝居が進行していても、止まれば再び最初から。我々が見学し始めてからだけでも、すでに二十回近くは繰り返されているだろうか……。このこだわり方には目を見張るものがある。
お光が訴状を左平次に見せる場面。そこにすかさず違和感を見出し、芝居を止める佐藤さん。
「無理に訴状を見せようとしなくていい。(演じていて)見せたいと思ったら見せて」
「もっと馬力を出さないと。周りの人間が驚けないよ」
「もっともっと!」
「その間(ま)はいらない」
佐藤さんの注文は止まることがない。
芝居がある程度進み、女性陣の演じる泥棒の手下たちが登場する。
ようやく登場した彼女たちだが、しかし佐藤さんがたちまち芝居を止める。お光の啖呵を切る演技がおかしいというのだ。
「啖呵を切るとこなんだから、女性的な可愛らしさがあっちゃ駄目なんだよ」
それを受けて、お光がすかさず修正する。……が、
「それじゃあただのチンコロ姉ちゃんだ。それに、そのあと気持ちの切り替えができてないから、芝居が余ってしまう」
次に、佐藤さんのダメ出しは手下の泥棒たちに及ぶ。
「大丈夫かね、こんな女なんかに……の、その『女』というのを変に強調しちゃ駄目」
「台詞はゆっくりでいいけど、入るタイミングはもっと早く」
「ほら待った。そこで待っちゃ駄目だ」
佐藤さんにより次々と指導がなされ、芝居はまた最初のシーンに立ち戻る。
お光さんや手下の泥棒さんたちの演技は、素人目から見れば決して拙いものではない。見事にお光を、手下たちを演じているように見える。
しかしそれでも、だからこそかもしれないが、佐藤さんの注文は驚くほど多く、細かく、難易度が高い。
『三文オペラ・新装黒テント版』では、脇役たちのキャスティングが逆転している。女優陣が男性を、男優陣が女性を演じることになっているのだ。これは考えている以上に難しいことに違いない。しかも公演では、演者さんたちはこの上に、歌唱や演奏も行なわなければならないのだ。彼らの苦労と重圧には、きっと並々ならぬものがあることだろう。
……インタビューでもおっしゃっていたが、【黒テント】は今「若い世代を育てる転換期」に来ているという。「観客を呼んで芝居を観てもらうのだから」ということは当然の前提として、近い将来彼らに【黒テント】を背負って立ってもらうそのためにも、佐藤さんはより高いハードルを彼らに設け、より質の高いパフォーマンスを要求し、叱咤するのではないだろうか。
演技指導を行なうのは、佐藤さんだけではない。左平次に扮する斎藤さんもまた、自らが演じる一方で様々なフォローを入れていく。
お光が訴状を見せにくそうにすれば、左平次は自分から覗き込む。手下たちのリアクションが小さければ、ステッキで床をバンと叩いて反応を促す。
若い役者さんたちが演技をしやすいよう巧みに立ち回るその様子からは、共演者としての立場から若手を涵養していこうという真摯な姿勢がまざまざと見て取れる。
……それにしてもこの斎藤さん、さすがというか何というか、本当に凄い。
左平次は軽い調子のトボケた演技が多いのだが、このトボケのレパートリーが尋常でない。何度も同じシーンが繰り返されるにもかかわらず、トボケ方が毎回見事に違うのだ。
擦り寄るお光に「ちょっと離れてくれよ」という台詞一つが、
「ちょっと離れてお光ちゃぁん」
「ちょ〜っと、ちょ〜っと離れてちょぉ〜だいなぁ〜♪」
等々……妙な言い方になってしまうが、感嘆に値するトボケが毎度毎度これでもかと飛び出すのである。これは正直言って、本番では一回だけしか見れないのが本当に残念だ! いや、ホントに凄いのだ。豊富なキャリアと鋭い感性によって生み出されるこの賞賛すべきトボケっぷりには、まさしく一見の価値がある。
二時間近くにわたって見学をさせて頂いたが、我々がお暇を告げるその最後まで、同じシーンの稽古は延々と続けられていた。
切り取られた一場面だけでも、細部にわたりこれほど念入りに作り込まれている。ならばストーリーを最初から追ってじっくりと観たら……そう考えると、稽古を見れば見るほど、期待とワクワク感は最大限に膨らんできた。
残念ながら歌唱や演奏の練習を見ることはできなかったが、池上本門寺で披露される完成された『三文オペラ・新装黒テント版』は、きっと見応えたっぷりの素晴らしい舞台に仕上がっていることだろう。

「この世を生き抜きたけりゃ
乞食と盗っ人と女郎
他にも色々あるが
手っ取り早いのは この三つ」

かつてブルジョア社会を皮肉なストーリーで痛烈に批判した、ブレヒトの『三文オペラ』。
そのまま舞台を日本に置き換え、【黒テント】がお届けする第51回目公演『三文オペラ 新装黒テント版』。
……ストーリーの皮肉さはもちろん、この作品が「明治という未来」である「いま」の日本を舞台にしてなお成立してしまうこと自体が、一つの大きな皮肉のように思えなくもない。もしかしたら、今この時代にこの作品を上演すること自体が、【黒テント】が喜劇の側面に潜ませた密かなサジェスチョンなのかもしれない。

2004年4月21日から29日にかけて、池上本門寺の敷地に現れる怪しげな黒いテント。そしてその黒テントの中で行なわれる、【黒テント】による乞食、泥棒、娼婦たちの一大喜劇……それは、ブレヒトの『三文オペラ』を知らない人にも充分に楽しめるだろう、渾身のパンク・オペラである。
お寺の周囲に咲き乱れた桜の花は、もう散ってしまっているかもしれないが……皆さん、春の麗の散歩がてら、この奇妙なテントを花見代わりにヒョイと覘かれてみてはいかがだろうか。
2004/4/9 文責:毛戸康弘 撮影・編集:鏡田伸幸

BACK STAGE REPORT 〜三文オペラ 新装黒テント版〜【古REPORT】〜
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