この四月、東京の名刹・池上本門寺の大堂横グラウンドに、真っ黒いテントが立つ。

昨年秋に二人の若手演出家をデビューさせた劇団【黒テント】。
その【黒テント】、今年は創立メンバー三人の演出による、まったく趣の異なった三作品を上演するという。
その第一弾が、佐藤信氏が演出する『三文オペラ 新装黒テント版』だ。
今回のBACK STAGE REPORTは、公演を間近に控えたその【黒テント】のアトリエから、演出の佐藤信氏と、今作では剃刀左平次(原作でのマック)を演じる【黒テント】代表 / 斎藤晴彦氏のインタビュー、更には緊張感漂う稽古の模様をお届けする。

BACK STAGE REPORT 〜三文オペラ 新装黒テント版〜【藤信インタビュー】〜
藤晴彦インタビュー】【重博之インタビュー】【古REPORT番直前!テント内稽古REPORT
藤信 氏(演出)
劇団【黒テント】アトリエの2階稽古場。斎藤晴彦さんに続いて現れたのは、演出の佐藤信さん。佐藤さんには昨年、北千住においてのテント公演『絶対飛行機』の時にもお話を聞いている。【黒テント】の若手のみで上演された、その『絶対飛行機』からちょうど一年。今回のテント公演によせる想いとは? 
ブレヒトの『三文オペラ』を演目に選んだ理由も合わせて、お話を伺った。
居は「芝居をやっているところを見せる」もの
―1年ぶりのテント公演ですね。昨年は劇団の若手が主体の公演でしたが、今回は斎藤晴彦さんのような【黒テント】創立メンバーも出演します。そうした点で、テント公演に臨む気持ちに前回との違いを感じていますか?

違いはそれほど感じていないですね。……ただ、やっぱり、去年から今年の秋までっていうのは【黒テント】として、(劇団員の)世代が広くなったということに対して「どうするか」を考える時期でもあるんですね。で、これは大体みんなが思っていることですけど、「ここはチェンジする時だ」って……

―世代交代ですね

そうです。じゃないと、普通の大劇団になってしまう。それで、チェンジする為には、やっぱり若い俳優たちを鍛えるというか、若い役者たちの持っているものをなるべく早く引き出したい、って思っていまして。
で、それには二つ方法があるわけです。まず、若い人たちに無理でも良い役をやらせる、というのが一つですね。それが昨年の『絶対飛行機』だった。だから若い人たちだけで作って、もう「失敗しても、とにかく苦労しよう」という作り方で……失敗もまた経験になるわけですからね。
そうして、そこで少し<怖さ>だとかが分かったところで、もう一つの方法といいますか、今度は斎藤(晴彦)さんのようにお手本になる役者さんと一緒に作ってみて、「その人たちと取っ組み合ってみてごらん」ということなんです。ちょっと強いボクサーと戦ってみる、その面白さってあると思うんですよ。
タクソ、新人にも意味はあるって思うんです
芝居っていうのは、実は「芝居をやっているところ」を見せるものだと、僕は思っているんです。「芝居を観せる」というよりも「芝居をやっているところを見せる」ものだと。例えば芝居を観に行ったとき、それがどんな役であろうと、きれいな女の人はきれいに見えるし、面白い人は面白い。「おっ、面白い役者が出てきたな」って観るわけですよね。もちろん話の筋もありますけど、決してそれだけではないのが芝居なんです。
子供が芝居を観る。すると子供はストレートだから、下手な役者が出ていて「こいつは下手だ」と決めたら、もうその役者のことを見ないんですね(笑)。実は、大人だってそうやって観れば、芝居は相当面白く観られるんですよ。「こいつは駄目だ」となったら、そいつを見なければいいんです。プロレス見る時だってそうでしょう? タッグマッチ見てて、「こいつは駄目、上手くねぇや」となったら大体いい加減に見ていて、タッチして別の奴が出てきたら身を乗り出して見る、っていう。芝居でもそれが分かると、すごく面白くなるんですけどね。……逆に言うと、そういう、退屈であるところも重要なんですよ。寄席に行って、そこで演ってる10人が10人ともめいっぱい面白かったら、もう、くたびれちゃいますよね(笑)。くたびれちゃう、っていうか、面白さが立たない。だからね、そこでやっぱり、ちょっとヘタクソな奴とか新人なんかが入っている、っていうのにも意味があるんですよね。そう僕は思っています(笑)。ライヴっていうのはそういうものだって。
ントを立てるのも芝居のプロセス
―今回、テントを立てる場所がお寺の敷地内だそうですね

そうですね。……テントを張る場所が決まる経緯って、毎回違うんですよね(笑)。基本的には「場所が無い」ってことがあるんですけど。……だから、立派な劇場はたくさんあるけれど、テントっていうものに戻ってみると、実際に僕たちが今いる環境っていうものが分かりますよね。
つまり、どういうことかというと……本当は日比谷公園にテントを張れれば一番良いわけですよ。代々木公園でもいい。広い所は一杯あるわけですよね。で、例えばアジアでもシンガポールとか、或いはヨーロッパなんかだと、公園には必ずそういうことが可能なように、設備ができているんですね。電源が来ていたりとか、水場が作ってあるとか。公園にはそういう機能があるんです。……実は日本でも昔は公園法の中で、公園の設置目的の中に「演劇等の公演等」っていうのが一行、入っていたんですね。その部分が途中で削られた。そういう法律を作るときには最初は外国の真似をするから、昔の法律には入っていたわけですけど、それが70年代、とにかく「集会をやられると困る」っていう理由から無くなったんです。今、日本の公園は、例えば日比谷公園に行ってみると分かりますけど、広い場所が全然ないんですよ。公園の中に段差を作るとか、植栽するとか、真ん中に大きな芝生を作ってその周りを柵で囲う、とか。みんな変えちゃったんですね、公園の形を。広場がね、ありそうで無いんですよ。……話がズレちゃいましたね(笑)。

とにかく、テントを張る場所が難しいという状況がある。けれどもね、テント公演はそこが面白いと思っているんですよ。その、場所を探してくるプロセスがね。いろんな人と出会って、話をして……で、まぁ、大体いかがわしく思われながら(笑)、どうやってテントを立てるところまで行くかっていう。それも僕らにしてみれば芝居の行為の一つなんですよね。そこを飛ばしちゃって「とにかく劇場を借りればいいや」ってなると、結局、芝居をやっている側がお客さんになっちゃうんですよね。自分たちでお金出して劇場を借りて、赤字を出してやっていますってなったら、これはもう、どっちがお客か?っていう(笑)。つまりはそこなんですね。お金を出せばどこでも借りられるから、借りてしまう。すなわち「買う」。でも「買う」っていうことと、自分たちで芝居の場所を作る、芝居の関係性を創っていくっていうのは、もとから違っている。そう僕は思うんですよ。
回はお説教付き!?
―そうして、テントを立てる場所を本門寺のグラウンドに決めた。その経緯は?

いきさつについては別に譲るとして、何故そこでやるかというと……実はですね、必ず公演の前にお坊さんが来て、話しをするっていうのがありまして(笑)

―お説教が入る!?

そう、お説教が入るんです(笑)。でね、それはすごく良いことだと思ったんです。昔は、お寺、或いは神社っていうのが人が集まる場所だったわけですよね。お芝居やったりだとか。公園なんて無かったわけですからね、江戸時代は。だから、すごく相応しい場所だと思っているんですよ
レヒト演出はこれで最後!?
―今回の演目、『三文オペラ 新装黒テント版』についてお聞きします。なぜ、今回このブレヒトの『三文オペラ』をやろうと?

提案したのは僕なんですけど……劇団員の「やろう!」っていう思いはそれぞれ違うんでしょうけど、僕は単純でねぇ。ブレヒトって60歳で死んだんですよ。享年数えで60歳。で、僕、60歳になったんで「これでブレヒトを演出するのは最後にしよう」と思ったんです。そんなにいつまでも、一人の劇作家に付き合ってもいられないっていうのがあって(笑)。何かブレヒトをやめるきっかけはないかと思ってましたから、「よし、じゃあ、同い年だからこれでやめよう」って。……で、最後だったら何をやろうかって考えて、『三文オペラ』にしたんですね。それにはいくつかの理由があるんですけど、その一つは『三文オペラ』が、ブレヒトが「世界のブレヒト」になったきっかけの作品だったということです。ブレヒトはそれまでにも芝居は書いていたけど、『三文オペラ』で認められた。しかも、誤解の上で認められたんですよね。
つまり、ブレヒトとしては、わりと気楽に書いたんですよ。お金儲けしようと思って、空いてる劇場借りて。なにしろ、通し稽古をやらないで初日の幕を開けたみたいなものなんですよね。……けれども、これがブレヒトらしいところで、その芝居で少し観客を挑発してやろうと思ったわけね。オペラを観に来た客に対して、少しその、気分悪くさせて「お前らはおかしいぞ」みたいな芝居をやろうと思った。けれども、それが大うけしちゃったんです。それで結局、世界の劇場が『三文オペラ』をやるようになった。
だからね、どうしても『三文オペラ』って考えた時に、成功した『三文オペラ』が後を追おうとするんですよね。で、前回【黒テント】で『三文オペラ』を上演した時には、作品の持っている内容を、日本に置き換えることによって、もう少し身近なものとしてやろうっていうのがテーマだったんですね。だからすごく丁寧にブレヒトの芝居を作ろうとした。で、今回ですけど……ブレヒトの、なんていうか、「いいかげんなところ」っていうのかな、本来ブレヒトがやりたかったのはこういうことなんじゃないかな、っていうことをやろうと思ってるんです。
分を笑える芝居に
ただ、今、これをやるには、大きな所を作り変えなきゃならない、というのがあるんです。
それはどういうことかというと、このお芝居は「この世の幸せはお金だけだ」っていうことを逆説的に批判している芝居ですよね。世界は「お金があれば幸福だ」と思っているけど、本当にそうなのか? って。云わば、ブレヒトは貧乏人の立場に立って、お金持ちを攻撃しているわけです。でも今、その通りにやったら、自分たちを撃つ芝居になっちゃうんですよ(笑)。日本で「貧乏だ」なんて言ったら、貧乏人に張り倒されるって(笑)。僕たちはもちろん貧乏なんですけど、それは「日本の中では貧乏」ということですよね。ブレヒトが書いている貧乏、乞食をする貧乏っていうのは、もっとすごい貧乏ですから。
そうすると、やっぱりこの芝居は誰かを攻撃する芝居なんだけれども、それならそれは自分たちをちゃんと攻撃する芝居にしないと面白くないな、って思ったんです。金持ちが敵であればすごく楽なんですけどね。金持ちを攻撃すればいい。そこを、自分を攻撃する芝居っていうふうに、10年前からちょっと作り変えたっていうところがある。自分を攻撃したり、笑っちゃったりする芝居に。
……考えてみると、今、たしかに泥棒と、娼婦(夫)と、乞食しかいないな、と。まぁ、乞食はフリーターだったり、泥棒っていうのは色々なところに勤めているまともな人たちであったり、娼婦(夫)っていうのは降りた人たち、今の世の中からドロップアウトした人たち。“引きこもり”であったり、それこそドラッグクイーンであったり……そういう社会の外側に出ちゃった人たち、っていうふうにね。泥棒はなにしろ、泥棒っていうものを産業にしようとしている。泥棒産業ですね。乞食は中小企業みたいなものもそうでしょうし。……そういうことで、自分たちを笑う芝居にしようかな、と。

―今、『三文オペラ』をやる意味がそこに生まれる

演出家にはね(笑)。演出家はそういうことを考えてないとやることないんで。別にそのことがお客さんに伝わればいい、っていうのじゃなくて、自分がそのことで動き出せればいいかな、と。だから、わりとね、やんちゃな芝居になればいいかな、と思ってるんですけどね。今までは、可笑しいけどシブいところがある芝居、すごく丁寧に人情劇をつくっている芝居なんだけど、今度はもう少し、荒っぽく作っています。
レヒト、憎らしいですね(笑)
―本当にもうブレヒトはやらないんですか?

もう僕はね。【黒テント】は演出家がたくさんいるんで、まだやるかもしれませんけど。
……僕ね、好きじゃないんですよ、ブレヒトは(笑)。ブレヒトっていうのは作家としても上手い人なんですけど、特にその演劇論、ブレヒトの演劇論っていうのは、おそらく現代劇と呼ばれているものの中でそれに影響を受けていないものは無い、っていうものなわけです。だから、「その先」に行く為にはどうしてもブレヒトを知らないといけない。それでブレヒトにこだわっているわけです。そうするとね、憎らしいわけですよ(笑)。高い山ですから。いくらやってもブレヒトの方が勝ち、っていうのがどうにも悔しい(笑)。

それと同時にね、さすがにブレヒトでは届かないところがあるかな、っていうのがあるんですね。例えばさっきの貧乏の問題もそうですよね。もう世界を貧乏人と金持ちって分けるわけにはいかない。もし分けるとすれば、それは一国の問題ではなくて、もうちょっとインターナショナルにしないと駄目ですね。
それと、決定的に違うのが「女性観」なんですね。これはやっぱり時代が違うというのもありますが、ブレヒトがどんなに先進的でも、女性の扱いにはやっぱり限界があるな、と思うんです。だから、女性の問題を描こうとすると、どうしてもブレヒトでは描けない、そういう限界があるんですよね。
ちょっと話が逸れますけど、芝居に娼婦たちの場面を入れる。すると、どんなに娼婦たちを肯定的に描こうと、お客さんは女優さんたちのどこを見るかというと……やっぱり太ももだったりするわけですよ(笑)。だから、一切そういうのはやめてやろうと思って(笑)。それで今回は、男と女を入れ替えたんですね。
そうして見えてくるものとして……女性っていうのは男性から見れば基本的に優しいんですよね。おそらく、男性が女性を演じる時のキーワードは「優しさ」 ― 人とか物とかに、もっと優しくしなきゃいけないってことだと思うんです。例えばドラッククイーンなんて、みんな心がものすごく優しいですよね。それが女性的であるっていうことなんです。
女性っていうのは基本的に優しい。で、男はやっぱり暴力的なんです。それと、決定的なこととして、男は女を馬鹿にしています。だからこの芝居の中で、女性が演じる泥棒たちが「大丈夫かい、女なんぞで」って言うところがあるんですけど、それを男がやるとね、どうしてもそのまんまというか、意識的なせりふじゃなくなるんですね。でも、それを女性が言うとなると、ものすごく抵抗感がある。そういった部分が作っていくときに見えてくるんです。

そういう女性のこととか、或いは、例えば“引きこもり”だとかをどうやって肯定的に舞台の上で描くか、という部分で、ブレヒトの作品はそのままだとどうしても限界があるんですね。「この世は貧乏と金持ち」っていう構図だとか、舞台の上で図式で説明されると「嘘だな」っていう。そういうこともあって、だからもう、ブレヒトは最後にしよう、と。
からないから面白いんですよ
―若い劇団員のこの作品に対する反応はどうでしょう?

乞食を知らなかったですね(笑)。一つには、まず体験的に無い、ということ。もう一つには、「乞食」っていう言葉がもはや差別用語であること。新聞記事ではもう「乞食」って書けないわけですし、言葉に会っていないんですよね。だからもう、そこからでしたね(笑)。日清戦争と日露戦争、どっちが先だ、っていうのも分からないし(笑)。だけど、芝居っていうのは、分からないことでも分かったように言う、っていうところが面白いんでね。『ハムレット』を今まで何百人という役者がやってるけど、多分ハムレットの言ってることの三分の一もわからない人がやってるから面白いんですよ。古典っていうのはそういうものですよね。逆に言うと、分からないから何回も繰り返してやられるわけです。『三文オペラ』にしても、そんなに何回も出来るっていうのは、筋の上で、たくさんのことが書いてあるからで、いくらでもやりようがあるっていうのがあるんですね
場に来れば笑えますよ
―最後に、この『三文オペラ 新装黒テント版』への抱負をお願いします。斎藤さんは「より喜劇的に」とおっしゃっていましたが

そうですね。自分たちを撃つときに、真面目に撃ったら暗くなるに決まってますからね。
「バカだねぇー、オレ!」ってしないとね。「馬鹿だなぁ、俺……」ってやってしまうと、お客さんだって嫌でしょ。笑えないと、喜劇的じゃないと、このテーマは伝わらないかな、と思いますから。
とにかく、暗い時代に暗いことやってもしょうがないだろう、と。これだけ暗くて、どうすればいいか教えて欲しいっていう時に、教えることまでは出来ないけれども、とにかく劇場に来れば笑えますよ、っていうことは必要だろうと思うんですよ。あの、あんまりものを考えないように(笑)
一年前と変わらず、佐藤さんの話し振りはどこまでも丁寧で、温かかった。同時に、時折見せる瞳の鋭さ、強さも変わらない。劇団【黒テント】久方ぶり、面目躍如の真っ黒いテントに用意されたのは、「その先」を睨む佐藤さんとブレヒトとの最後の格闘だ。このカードを見逃す手はない。
やんちゃな芝居と音楽と、お坊さんのお説教。大いに上げた笑い声が、暗い時代にどんなこだまを残すのか。五月病になる前に、一つ試してはいかが?
(文中、一部敬称略)
2004/4/9 文責・インタビュアー:北原登志喜 撮影・編集:鏡田伸幸

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