BACK STAGE REPORT 〜にしすがも創造舎演劇上演プロジェクトVol.1
アートネットワーク・ジャパン+Ort-d.dプロデュース 『サーカス物語』〜【倉迫康史インタビュー】
 にしすがも創造舎演劇上演プロジェクト――その記念すべき第一弾『サーカス物語』の演出を託された倉迫康史さん。
 倉迫さんといえば、先にBACK STAGE TOPICで「AAF戯曲賞ドラマリーディング」を紹介した時にもインタビューしている。この偶然は“奇しき縁”というよりも、倉迫さんが活躍するフィールドの広さを物語るものだろう。そんな倉迫さんに、今作の舞台裏解説をお願いした。そこで語られる言葉には、この舞台、『サーカス物語』をより楽しむためのヒントがたくさん詰まっていることだろう。




倉迫康史
【Ort-d.d】主宰・演出家

1969年11月25日宮崎県生まれ。A型 。
早稲田大学政経学部卒業後、演出家を志し演劇活動を開始。
山の手事情社演出助手、劇団吟遊市民主宰を経て、1999年よりフリーの演出家、プロデューサーに。

2000年 4月、現代舞台芸術ユニット【Ort】始動

2002年12月、同ユニット停止

2003年 1月、【Ort-d.d】プロジェクト始動
遊び――エンデが語ったこと
―今回のプロジェクトは<にしすがも創造舎>を“創造”の場であるのみならず“発信”の場にもしていこうという試みです。その第一弾として、ミヒャエル・エンデの『サーカス物語』を選んだ理由から、まずは聞かせて下さい

 ミヒャエル・エンデは“遊び”こそが人間の最も素晴らしいものなんだと、一貫して主張した人でした。“遊び”というのは……例えば子供たちが遊ぶとき、彼らは自分たちでルールを作って、そのルールにみんなが従って遊びますよね。コミュニケーションをとりながら、自分たちで秩序を創り出していく訳です。エンデが言う“遊び”とは、そういう「創造性」を内包した遊びです。そしてそれは精神的なゆとりから生まれるものでもある。
 “遊び”は無駄なものに見えて、実は人間にとって大切なものだ――これは「なぜ演劇が必要か?」という問いへの、一つの答えだと僕は思っているんですよ。
 「演劇って何の為にやっているの?」って言ったら、もちろん自分たちが何かを表現したいというのもありますけど、それを超えて、本当の意味での“遊び”とか“ゆとり”を体現していく。それが、演劇人でありアーティストの仕事だと思うんですね。
 今、学校では“ゆとり教育”ということが言われてますけど、それは本当に“ゆとり”なのか、本当の“遊び”の心を醸成しているのか…。僕はそこにとても疑問を感じるんです。そうした中で、「こういうことが“ゆとり”であり“遊び”なんじゃないか」ということを、この、元は学校だった場所で提示できるなら、それはきっと面白いだろう…そう考えたのがこの作品を選んだ大きな理由の一つなんです。
 それと、学校というのはある意味、コミュニティーの象徴ですよね。それが少子化の影響でこうして廃校になった。その場所に、もう一度活気がともる感覚。更にはこの場所に地元の人たちが抱くであろうノスタルジックな想い。そうしたものがサーカス小屋の持つイメージとシンクロする部分もあるかな、とも思いました


―今年はミヒャエル・エンデ没後10年目にあたる、節目の年でもありますが…

 そうですね。でも、節目だからという理由でエンデをやろうとしたわけではないんですよ。「いま、エンデをやることには意味があるんじゃないだろうか」――そんな思いが先にあってこの作品を選んだら、実はちょうど没後10周年だったということで。
 ミヒャエル・エンデは単なるメルヘンの人ではなくて、実は経済や社会学にも造詣が深い人でした。そうした彼の業績を見直す動きは最近出ていると思うんですね。そんな中で、エンデと演劇との関わり――彼は俳優だったし、自分で劇団も作っていたし、もちろん戯曲も書いていた――そうした関わりについても、もうちょっとみんな注目してもいいんじゃないか……それもエンデを取り上げようと思った動機です
無意識に訴えかける言葉
―『サーカス物語』、この原作の魅力は?

 エンデの父親は画家でしたけど、無意識の内から出てくるものを絵にしていくタイプの画家だったらしいんですね。で、実はエンデもそれに非常に近い資質を持ってまして、詩人というか、言葉が特殊なんですよ。人の無意識に訴えかけるような、美しく詩的な言葉で、とにかくイメージが豊か。ト書きも面白くて、絶対に舞台ではできないことまで書かれていたり(笑)。そういうイメージ豊かな世界が、現代文明への眼差しに基づいて書かれている。詩的な言葉と、現代文明に対する批判的なものとが両立してある作品なんですね。それゆえに、とても古い童話のようにも見えるけれど、とても現代的な逸話のようにも見える。その両方があるところが原作の魅力ですね。
 …でも、その、エンデが生み出す言葉、ロジックではない詩的な言葉をどう言うのか……そこで俳優はやっぱり苦労しているようです(笑)。
 もちろん技術的に演奏やジャグリングの習得も大変なんですけど、エンデに迫るという意味では、その、美しいけれど論理的ではない言葉を言えるか、どう言うか、更にはどういう身体でその言葉を言うと説得力があるのか、というところが多分、一番大変なんだと思います。でも、だからこそ、そこがこの作品をやる上で一番面白いところでもあるんじゃないでしょうか

―そうしたことも含めてでしょうが、「舞台化が難しい作品」とも言われていますね

 エンデ自身が「舞台化は無理」とか言ってますからね(笑)。…ただ、そうは言っても何度も舞台化されているのも事実ですし。特殊効果とかはさすがにできませんけど、まぁ、そこはなんとかするとして(笑)
   
出会いが生むもの、期するもの
―「演奏」や「ジャグリング」という言葉が出てきましたが、稽古を拝見していて、本当にサーカスの舞台裏を見ているような気分になりました。作っている現場からして楽しいですね

 本当にそうですね。…また、今回は僕にとっても、いろいろな面でチャレンジしている舞台なんですよ。まず、出演者が全部で20人――メインのキャストと、コロス的にアンサンブルをやる人たちがいるんですけど――その20人の俳優たちが、踊るし、歌うし、演奏もすればジャグリングもする。様々な要素をつっこんで作っていて、こうした試みは僕ももちろん初めてです。
 また、その俳優なんですけど、折角こういった「演劇の場を地域に開く」という珍しいプロジェクトなわけですから、より多くの人たちに知ってもらいたかったし、やる気のある人たちの出会いの場にもしたかったので、今回はオーディションで俳優を集めるということもしました。
 スタッフに関しても面白いやり方をしていて、僕が「演出」となっていますけど、僕以外にもアンサンブル・ディレクションですとか、いろんなディレクションをする人たちで組んだ“演出チーム”があるんですね。そこにも出会いがあって、例えばジャグリングの練習で先生を呼んで来てもらったら、その先生がディレクションまで受け持ってくれたりとか。…そんな風に、いろんなところ、いろんなレベルでコラボレーションが出来ていて、僕がすべてをガチっと決める芝居ではないんです。そうした出会いによってどんなものが生まれてくるのか……それが今、とても楽しみでもあり不安でもあり、という中で進んでいるんですよ


―オーディションによって選ばれた出演者たちに期待することは?

 今回参加しているのは20代前半の俳優が多いんです。ミヒャエル・エンデはサーカス芸人こそ“遊び”をよく知る本当のアーティストだと言ってますが、そんなサーカス芸人の物語をやることで、集まった若い彼らに創造性の楽しみを知ってもらいたい……今回の舞台にはそういう思いも込めているんです。
 いま、20代で「フリーです」って言う俳優がとても多いんですよ。今回のオーディションにも20代で劇団に所属していない人が本当にたくさん来ました。東京の小劇場では、それでもお芝居ができてしまうんですね。自分たちの仲間内だけでもやれてしまいますから。でも、そうではなくてやっぱり、いろんな世代が集まっている現場で、プロフェッショナルな先生というか、ちゃんとしたディレクションができる人間と一緒にやって、集中して稽古して、自分たちの仲間じゃない人たち、地域の人たちや子供たちにも観せられる作品を創る。そういう現場を、僕は彼らに体験して欲しかったんです。そのためには俳優には必要な訓練がある。必要な意識もある。それを体験してもらう機会として、敢えてオーディションで俳優を集めたというのもあるんです。
 …だから、彼らが創造する喜びや遊びを楽しむことを体現してくれないと、「やっても説得力がないな」ってなっちゃうんで、そこをいま、一番頑張って欲しいと思っています
目くるめく、テント(?)芝居
―今作の上演の場は、かつて体育館だったスペース。倉迫さんは過去に同所で『昏睡』の上演も経験されていますが、体育館というのはいろいろと難しいのでは?

 難しいですねぇ。室内ではあるけれどポカーンとがらんどうな空間ですし、雨が降れば天井がうるさいし、すぐそこの道路を走る車の音もどんどん入ってきますから。上空をヘリコプターが飛べば、「あれはSEだったんですか?」って聞かれるくらい、その音がしっかり響く(笑)。……つまり、イメージとしてはテントなんですよ。
 『昏睡』の時はホール用に作った芝居だったので、それをテント、というか体育館用に作り変えるのにとても苦労して、スタッフにもすごく負担をかけてしまったという反省があったんですけど……ただ、今回は最初からそういう条件を分かった上でやってますからね。「テントでやるんだ」という意識で自分は作っているし、俳優にもそういう要求の仕方をしています。
 ……でもね、「テントでやるんだ」って言っても、実はテントでやったことのない人間ばっかり(笑)。だから、イメージとしてはみんな「あんな感じかな」というのは持っているんでしょうけど、実際には入ってみないと分からないでしょうね


―そうして姿を現す今回の『サーカス物語』。どんな舞台になるのでしょう?

 今回は本当に、目くるめくようなイメージの連鎖をやりたいと思っているんです。もちろん物語として一本、筋をスパーンと通した上で、いろんな要素がいっぱい入ってくるっていう。「僕たちがエンターテイメントを作ったらこうなりました」っていう華やかな作品にしたいと思っていますので、皆さんには肩肘張らず、楽しみにして観に来て戴きたいですね
   
【Ort-d.d】のこれから
―折角ですので、倉迫さん自身のプロジェクト、【Ort-d.d】の今後のことも聞かせて下さい

 実はもう1年以上、自分たちのコアなメンバーで東京で公演をやっていないんですよね。アチコチで企画物ばかりやっていて…(笑)。だから来年は【Ort-d.d】のコアなメンバーで、“ささやきの演劇”も、もう一回ちゃんとやろうと思っています。
 去年から今年にかけては自分の可能性を広げていく時期にしていましたから、「AAF戯曲賞ドラマリーディング」もやれば『昏睡』もやりました。この『サーカス物語』にしてもそう。……でも、ちょっと広げ過ぎましたね(笑)。風呂敷を広げすぎちゃって…だから来年は地下に潜りたいんです(笑)


―今後、エンデ作品を含めて、他にやってみたい作品などは?

 僕は【Ort】(Ort-d.dの前身)を始めて間もない頃に『ピノッキオの冒険』をやっているんです(『ピノッキ王』2003年)。また、『オズの魔法使い』もやりたいと思っています。そういう、みんなが知っている古典的な名作をやりたいという意識があるんですね。エンデだけでなく、世界的に受け入れられている普遍的な童話などが持つ劇的な部分、物語性にとても興味があるので、日本の近代文学や戯曲とは別なところで、そうした作品を演劇化していきたい。毎年じゃなくても、少しずつやっていければって思ってるんですよ
 最後まで、どこまでも丁寧に、そしてどこまでも楽しげに質問に答えてくれた倉迫さん。「“遊び”を体現するのが演劇人の仕事」――この、倉迫さんの覚悟の表明とも聞こえる言葉が、とても印象的だった。
 遊びの達人=サーカス芸人をこよなく愛した現代の賢者、ミヒャエル・エンデの魂を受け継いで、新たに紡ぎ上げられる遊びと想像力の世界――『サーカス物語』。
 それは、かつてはコミュニティーの中心にあった場所にともる新しい灯りとなって、様々な想いを照らし出すことだろう。
ささやきの演劇
 言葉(日本語)を美しく、緊張感を持って発声することを目的に【Ort-d.d】が実践する独自の様式。物理的にささやくことで語り口調に緊張感を獲得することから始まり、次の段階としてそこに音を乗せていく。一音一音丁寧に、響きを意識するようになるこの段階で新たに獲得される語り口調は、口語のそれよりも日本の古典芸能の語り口調に近付くという。更なる段階として“圧倒的に語る”ことを目指し、現在も“ささやきの演劇”は進化を続けている。
 なお、今回の『サーカス物語』は空間を強烈な緊張感で包み込む“ささやきの演劇”とは違う方向性を持った作品であることから、今回は“ささやきの演劇”は使わない、とのこと。
2005/9/17 文責・インタビュアー:北原登志喜 撮影・編集:鏡田伸幸
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