BACK STAGE REPORT

ミスタースリムカンパニー 【Shang hai Dream】観劇記
〜“ゆるぎない瞬間”の訪れ〜


「『躍動する肉体』がMR.SLIM COMPANY=ミュージカルの原点

輸入品でなく、コピーでもなくミスタースリムカンパニーは、1975年の旗揚げ以来一貫してオリジナルミュージカルの公演を打ち続けて来ました。私たちが目指すのは、東京から世界に向けて発信するだけのパワーを持つオリジナル性の強いミュージカルです。

強烈な個性と、アピール力のある『ミスタースリムならではのミュージカル』。

ここには、大掛かりなセットも、きらびやかな衣装も存在しません。肉体の躍動と、個性と個性のアンサンブルが文字通り型破りのミュージカルを創っています。」

 (以上劇団公式サイトより抜粋)


舞台は終戦直前の上海。多くの「亡国の民」が上海に居を求め、「魔都上海」が形成されていた時代。
日本人が集うクラブ“Dreame”にて物語は進行する。
どんな願いも3つまで叶えるという水晶の玉を巡る、各人入り乱れての争奪戦を、史実も絡めながら描いていく。
作家の深水は、歌とダンスを中心とするエンターティメント性を重視する演出プランの中に、巧みに重厚なテーマ編みこんでくる。
深水は言う。「俺はいろいろと哲学しちゃってるけどね、お客さんには単純に“面白い”と言われたいんだよ」。

なるほど。確かに、ミスタースリムカンパニーはお世辞にも上手いとは言えない。
滑舌を犠牲にして張り上げるだけの発声法、身体バランスの悪いウォーキング、肝になるダンスも揃ったり、揃わなかったり…。
しかし、それでもこの劇団は面白いのである。

深水は稽古場で“役者が生きること”に何よりもこだわる。
テクニカルな演技をすると、その場でぴしゃりとやめさせる。
深水にとって、演じることとは役に命そのものを吹き込むとであり、観客の想像力の手助けを借りながら作っていく演技スタイルは認めてはいないように思える。
役になりきるのではなく、その場その時を生きる“人間”として存在する。
役と役者が相対的な関係にあるのではなく、絶対的に重なり合う関係になることを望んでいるのだろう。

客観的な視点が欠如している舞台は、時に“自己満足”と紋切り型の批判をされることもしばしばあるが、ミスタースリムカンパニーにその批判は適さない。
なぜなら、深水の職人芸的な演出プランもさることながら、劇団員一人一人に「お客さんの心に残るために、舞台に上がる」という目的意識が徹底されているからだ。
彼らのエネルギーは、常に観客席に向かって投げ込まれる。
メソッドを基調にした舞台には、エネルギーが内に篭っていく舞台も多々見受けられるが(またそれがとても魅力的な場合もあるが)、ミスタースリムカンパニーは、力の限り観客に飛び込んでいく。

実に思い切った演技をする役者陣。
演技者の迷いや、とまどいといったものは、不思議と観客にも伝わるものだが、彼らの演技を見る限りそれはない。
熟達した役者ほど、空振りを避けるためにあえて無難な演技プランで勝負するものだが、ミスタースリムカンパニーは時に無謀とも思える演技をぶつけてくる。
悲しいかな、やはり空振りも多いのだが、その分ツボにはまったときは、瞬間ではあるが身震いするほどいい演技をする。

ミスタースリムカンパニーの魅力は、この“瞬間”の積み重ねにあるだろう。
全体構成のバランスを犠牲にしても、“瞬間”を狙っていく。
そしてその“瞬間”が次の“瞬間”を呼び込む。
“瞬間”の連続性が、たまらない躍動感を生み出していく。

そのようなギャンブル性に満ち溢れた舞台などごめんだという方も、安心して欲しい。
随所に挿入される深水の唄声は、まさに初老を迎えた彼にしか出せない、哀愁と優しさに満ち溢れている。
波乱の人生を生きてきたであろう彼の全ての時間が、その唄声を支えている。
それは、“ゆるぎない瞬間”の訪れを呼び込むだろう。

2001/10/2 小野 正昭(Team engekizin)

※ミスタースリムカンパニー【Shang hai Dream】作・演出 / 深水 龍作
 2001/9/27〜9/30 新宿シアターモリエール

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