BACK STAGE REPORT


演劇実験室◎万有引力
J・A・シーザー氏


2001年4月1日、午後2時頃、私BACK STAGEの鏡田はJR中央線阿佐ヶ谷駅に降り立った。
前回の「人形劇団ひとみ座稽古場見学」で共にした「演劇ライター集団Team engekizin (以下Team engekizin)」との共同取材。今回は、「演劇実験室◎万有引力」の公演中という事もあり劇団担当者の計らいで阿佐ヶ谷の劇場で取材を行う事となった。
劇場は、ザムザ阿佐ヶ谷。映画館等も入っている、アートコンプレックス的劇場である。
劇場前の受付には劇団関係者であろう方が、慌しく受付の準備をしていた。
私が「取材を予約していたBACK STAGEの鏡田ですが・・・」と伝えると、「承っています。でも、まだ昼の回が終わっていませんので、15分後にお願い致します。」と・・・。地下にある劇場からは、大音量の音響が聞こえていた。

時間が空いたので、此処で少し「演劇実験室◎万有引力」について触れたいと思う。
〜「演劇実験室◎万有引力」は、故寺山修司が主宰した「演劇実験室◎天井桟敷」をその母体とする。
1983年5月4日、寺山の死で、7月31日天井桟敷が解散したのに伴い、同年8月1日寺山と長く共同演出と音楽を担当したJ・A・シ−ザ−と、天井桟敷に在籍していた劇団員の中の31名が中心となって、故寺山修司の思想を現代への通底口に見いだすべく結成。
『万有引力とは人間同士が互いに引き合う孤独の魂の力のことである。』の寺山の言葉に因み「演劇実験室◎万有引力」と命名。〜
劇団HPより

約15分後、再び劇場へ。
受付さんの案内により、階下の扉の前へ。重厚な扉は我々の緊張感を再び呼び起こしていた。
扉の隙間からは、昼の回のダメ出しが聞こえていた。
数分後、その重厚なる扉が開き、会場内へと・・・、会場内には昼の公演の突き刺さるような熱気が埋めていた。
今回インタビューをお受け頂く予定であった、俳優の根本豊氏がメイクをした顔のまま我々に「今、代表のシーザーを呼びますので」と、
WOW!
突然の根本氏の計らいに我々は驚きを隠せなかった。
15分間のインタビューという事で、一階にある趣のある喫茶店にてインタビューを行う事になった。
予定の時間通り約15分間のインタビューであった。

シーザー氏の言った「今の日本に演劇が必要なのかどうか」、この疑問が突きつけられているのを、我々も折に触れて感じている。
実際、(現代の日本にとって)演劇=実用では無いからであろう。
しかし、実用的な価値がなくとも、それ自体に文化的な価値があり、それを味わい喜ぶ想像力(センス)がなくなれば、社会は味気なく、希薄で、安っぽくなってしまうと我々は考える。

氏は「想像力」という言葉を多く用い、そんな現代社会に訴えかける。
「演劇はあくまでも変革・革命だと」「観客の想像力を変えたり、方向性や見方を変えたいんです。」と・・・。
又、「今はもう僕らは小学生に向けて僕らの演劇や寺山さんの作品を見せることで、そこから彼らの想像力をそこから作ってしまおうという考え方が強くなってきていますね。」とも・・・。

実験という形で自らの想像力を具現化する氏は、本当の意味での人生の楽しみを知っている方であり、ひょっとしたら黒いサングラスの下に隠れている目は優しさと希望に満ち溢れているのではないかと感じた。
インタビュー後、我々は「演劇実験室◎万有引力」第34回公演「痴夢のランプ」を観劇した。
あえて劇評は控えるが、氏の想像力は我々の想像力を超え、否応なく私を包み込んでいた・・・。
大音量のBGMの隙間から「想像力は無限なんだよ・・・」そんな言葉が聞こえてきたようだ・・・。

最後に突然の取材をを快く受け入れて下さった演劇実験室◎万有引力の本田様・根本様・シーザー様に、この場を借りて一言お礼を。
大変勉強になりました。有り難う御座いました。

2001/4/1 文責・撮影・編集:鏡田伸幸 インタビュアー:小野正昭  

演劇実験室◎万有引力、HP

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