
「コラボ・シアター・フェスティバル2006」
エイブル・アート・ジャパン事務局長太田好泰さんインタビュー
〜人間同士の《ゆらぎ》から生まれる新しい驚き〜
| 「エイブル・アート・ジャパン」は、障害のある人たちのアートを<可能性の芸術>としてとらえ、生命力を失いつつある現代社会に生きる人たちが、アートを通して人間性を再発見し、さらに芸術と社会の新しいコミュニティを築いていく市民芸術運動である。 彼らは、2004年から明治安田生命と組んで、「エイブル・アート・オンステージ」という舞台芸術プロジェクトに取り組んでいる。アーティストと障害のある人たちが出会い、刺激しあって、一緒に作品づくりをするこのプロジェクトからは、今までに見たこともない新しい舞台芸術表現が生まれ始めている。2006年10月27日(金)〜29日(日)に行われる「コラボ・シアター・フェスティバ2006」では、その成果が発表される。 今回は、このプロジェクトを率いる「エイブル・アート・ジャパン」事務局長の太田好泰さんにお話をお伺いした。 |
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| 2006/10/14 文責・インタビュアー:栂井理依 撮影・編集:鏡田伸幸 | |
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| エイブル・アート・ジャパン 事務局長 太田 好泰さん |
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人間やアートの可能性を伝え、 多様な社会を作りたい |
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| ―まず、太田さんが事務局長をつとめられている「エイブル・アート・ジャパン」について教えてください。 僕らは、1994年に設立した、社会の芸術化、芸術の社会化をキーワードに活動する任意団体(NPO)です。当初は、日本障害者芸術文化協会という名前だったんですが、これは僕らの本当にしたいことを表わさなくなってきたので、2000年に現在の名前に変更しました。 ―「エイブル・アート」とは、聞きなれない言葉ですが。 「エイブル・アート」というのは、僕らの造語です。障害のある人たちが芸術活動をすると、一般に「障害者芸術」とか「アウトサイダーアート(注1)」などと言われますが、僕らは「エイブル・アート」を《可能性の芸術》という意味で使っています。可能性というのは、もちろん障害のある人の可能性、ということでもあるんですけど、人間やアートの可能性という側面もあります。 どうしても日本の場合は、僕らの活動は「障害者芸術」という括りがされてしまう。そうすると、特別に純粋なものであると思われてしまうんですね。それは、とてもわかりやすいんですけど、僕らとしては本意ではない。障害がある人が特別にすばらしいのではなくて、人間それぞれが持っている可能性やアートの魅力をもっと社会に伝えていくことで、多様な社会を作っていきたい――それが僕らの活動のミッションだと思っています。 ―海外では、こういった考え方はあるのでしょうか。 うーん、考え方として近いのは、イギリスをはじめヨーロッパで盛んに行われている「コミュニティ・アート(注2)」かもしれませんね。ただ、「コミュニティ・アート」というと、参加することに意義があって、アートそのもののクオリティは問われないというイメージがありますよね。僕らのやっていることは、それとは違う。 だけど、アート側の人たちは、あなたたちのやっていることは福祉でしょ、という言い方をするし、新聞の取材を受けても、掲載されるのは文化面ではなくて社会面です。僕はそれには違和感があるんだけれど、一方で、これはアートですっていうことにも違和感がある。なんだか、それはお互いにとても不幸な関係のような気がします。 障害がある人やマイノリティがアートに関わることで、その垣根を壊して、もっと新しい芸術表現を生み出していけたらいいなぁと思います。 ―具体的にはどのような活動を。 今は、この「コラボ・シアター・フェスティバル」を含む「エイブル・アート・オンステージ」というプロジェクトが活動の中心になっています。 その他には、主に障害のある人たちが通ってきて作品づくりをするアトリエ活動を10年続けています。これも、単なる障害者のカルチャーセンターではなく、障害があるとかないとか一切とりはらって、通ってきた人たちが居心地いい空間で自由に作品が作ることができる場を目指しています。 あとは、ワークショップですね。このあいだ、アートと医療、福祉、教育とからめて、アートの役割をもう一度見直そうという切り口のワークショップをやりました。 ―それはアート・セラピー(注3)とは違うんですか。 セラピーって、治癒させるものですよね。僕らは、それにも違和感がある。だから、「アートはクスリになりうるか」というタイトルにして、お薬としてのアートではなくて、生きるエネルギーを高めるというアートの本質の部分から、その関係性を考えるという内容にしました。だけど、こういう試みでも、「障害者芸術」と同じように「アート・セラピー」という言葉がついてまわってしまって、本当にやりたいことを理解してもらうのはなかなか難しいですね。 ―障害者芸術やアート・セラピーという言葉はわかりやすいので、誤解されやすいのかもしれません。 そうだと思います。例えば、私たちは、視覚障害の人たちと美術館に絵を見に行くというプロジェクトをやっています。そのとき、僕らは、あくまで視覚障害の人たちと一緒に鑑賞しているのですが、多くの人に、僕らがボランティアガイドをやっている、つまり、見えている側が見えてない側に説明をしているのだ、というふうに思われてしまいます。最初に口火を切るのは、確かに見えている人なんだけど、一方的に説明していくのではなくて、見えている人と見えない人とが対話をすることで、見えていない人は鑑賞することができるし、見えている人もより鑑賞を深めていくことができる。 僕らはそう考えているのですが、参加している人たちの中にすら、なかなか理解してもらないのです。「見えないんだから、ガイドをしてほしい」「見えているんだから、説明しなければ」と、みんなが従来の関係に落ち着こうとすることがしばしばあります。それもあっていいんだけど、そうじゃないのもあっていいんじゃないかと、僕は提案したいんですよね。なにも、障害者芸術という括りが間違いだとか、アート・セラピーが悪だとかは思いませんし、鑑賞のためのガイドボランティアがいるのもいいんですけど、新しい提案をすることで、今まで生まれなかったものが生まれるんじゃないかと思うんです。 ―そうですよね。 ところで、太田さんは、事務局に入られる前は何をされていたんですか。 普通のサラリーマンを10年間やってましたね。昔は、障害も芸術もまったく素人で、特に関心もありませんでした(笑)。高校を出て2年くらいしたとき、この団体の母体となっている奈良の「たんぽぽの家」という施設で、1年間、フルタイムで住み込みのボランティアをやっていて、そのとき、障害のある人や彼らのアートに出会いました。それがきっかけとなって、「たんぽぽの家」が中心になって、東京で先述の任意団体を立ち上げるときに誘われたんですよね。 注1 アウトサイダーアート:特に芸術的訓練を受けていない者が、既成の芸術の流派や傾向、モードに一切とらわれることなく自然に表現したという作品。広くは子どもなども含まれるが、現在では、知的障害や精神障害を持つ人たちの作品を指すことが多い。 注2 コミュニティ・アート:市民参加型のアートプログラムで、プロセスを重視する。コミュニティ内の問題の共有化や解決、コミュニティの発展などを目指しているものが多い。 注3 アート・セラピー:芸術を通じて心をケアする心理療法のひとつ。美術、音楽、演劇、ダンスなどさまざまな形があり、米国では職業として認知されている。 |
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「エイブル・アート・オンステージ」 の趣旨 〜そしてディレクター・野村誠さんは こう言った 「差し障りのあることをやってほしい」 |
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| ―それでは、今回の「コラボ・シアター・フェスティバル」について教えてください。 このフェスティバルは、2004年から明治安田生命とやっている5年間の舞台芸術プロジェクト「エイブル・アート・オンステージ」の中に位置づけられています。このプロジェクトの目的は、アーティストと障害のある人たちが出会って、揺らぎあい、新しいものを作る、というものです。 1年目は、「活動支援プログラム」ということから始めました。障害のある人たちと、新しい舞台を作ろうという人たちが、このプログラムにエントリーしてきて、その作品づくりに対し、お金を提供しました。そして、2年目には、そのプログラムに参加した彼らの発表の場を、「コラボ・シアター・フェスティバル」という形で設け、一方で、翌年に向けて新しいアーティストや団体を募って、「活動支援プログラム」も平行してやりました。 今年は3年目にあたるので、フェスティバルには2期生の人たちが出演し、「活動支援プログラム」では、3期生の人たちが、そろそろ作品づくりを始めています。 ―どのような団体が応募されてきますか。 これまで、毎年、40団体ぐらい応募があったのですが、その中から、6〜8団体を選ばせていただきます。今年は6グループでした。応募されるのは、障害のある人たちとつながりのある団体だったり、劇団だったり、ダンサーだったり、さまざまです。こういうことがしたいという企画がはっきりしていて面白ければ、アーティストと障害のある人たちをひきあわせるお手伝いもすることもあります。例えば、「見えない人と踊りたいんだけど、そういう意志を持つ見えない人との出会い方がわからない」という場合などですよね。ただ、基本的には、ワークショップを開いたりして、自分たちで探して出会って、作品化していくのが望ましいですよね。 ―団体を選ぶ基準はありますか。 選考の基準は、新しい表現を目指しているかどうか、それだけです。だから、個人でも、継続的に活動をしていない団体でも応募できます。ただ、そこに今まで見たこともないものを作ろうという企みがあるかどうか。これが重要です。例えば、有名な人や劇団が、毎年、ダウン症の子どもたちとミュージカルを作っていて、今年もやりたいから支援してほしい、というような企画だと、おそらく通らないですね。大事なことだとは思いますけど、このプログラムの支援の意図とは違うんです。 ―選考はどんな様子なんですか。 このプロジェクトには、昔からワークショップなどでお世話になっている作曲家・音楽家の野村誠さんにディレクターとして関わっていただいていており、選考時の面接もお願いしているのですが、これが本当に面白い(笑)。対面式だと話しにくいだろうからと言って、みんなでコの字になるように座って、シンポジウムみたいに彼らがやりたいことをいろいろと聞きだして議論するんです。野村さんがいつも言うのは、「僕たちを困らせてほしい。差し障りのあることをやってほしい」ということ。大切なことはいろいろあるだろうけど、驚かないことに支援金は出せない、と。これはとても的確だと思います。だから、この選考で落ちてしまっても、面接を受けられただけで楽しかった、勉強になったという団体もあるんですよ(笑)。 |
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| 「マイノリマジョリテ・トラベル」の 意欲的な問題提起を含む 「東京境界線紀行」 |
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| ―チラシを拝見すると、全国から選ばれた、様々な障害を持つ人たちの様々な舞台表現がありますね。 そうですね、コンテンポラリーダンスもあれば、フラメンコもあるし、演劇もライブもあります。どれも、地元での公演、東京での公開プレゼンテーション(報告会)を経て、どのように作品を練り上げてくるのか、楽しみです。今、紹介できないのが残念ですが、詳しくは、ぜひ僕らのHPを見ていただければと思います。 ―中でも、かなり変わったイベントがあると聞いたのですが。 「マイノリマジョリテ・トラベルに聞く 境界線の旅」というトークセッションですね。昨年度の活動支援プログラムに指輪ホテルという劇団を主宰している羊屋白玉さんと、作曲家の樅山智子さん、制作の三宅文子さんが集まって、『マイノリマジョリテ・トラベル』を立ち上げ応募をしました。そして、東京境界線紀行という旅を行ったんです。その旅に参加したメンバーや企画した人たちを招き話しを聞こうというプログラムです。 彼女たちのエイブルアート・オンステージへの応募そのものが、僕たちへの問題提起だったと思います。だいたい、障害のある人たちとアーティストという区分けそのものがおかしいんじゃないの?と。そして、健常と障害、マジョリティとマイノリティなど、いろいろな対比をあげて、その境界線をずらしていこう、そして社会におけるマイノリティという括りとは何か考えようとしたのだと思います。しかも徹底して芸術であることにこだわった。かれらは、チラシを作って旅に参加する仲間を募集したんです。すると、そこに集まってきたのは、脳性マヒ、アルコール依存症、摂食障害など、さまざまな「生きづらさ」を感じ、マイノリティであることを、それをカミングアウトした人たちでした。そのかれらが、摂食障害やアルコール依存の人たちの自助グループや、社会的弱者といわれる人たちに関わるNPOを訪ねる旅をくりかえす中で、マイノリティとマジョリティが逆転し、それがゆらぐ。かれらはそんな小さなキャラバンをたくさん行って、さまざまなことを経験し、作品化していったんです。 ―いったいどうやって作品化したんですか。考えるだけで難しそうですが…。 キャラバンから感じたことを、バス・クルーズと、探検クルーズ、ステージ・クルーズという3幕からなる作品に仕上げました。例えばバス・クルーズでは、観客がバスに乗ると、お客に扮したメンバーが日頃服薬している何十錠ものクスリをばらまく、車椅子に乗った男性が、水が飲みたいので手伝って欲しいと言い出すなど、さまざまな事件が起こるのです。観客が、日常生活では意識していなマイノリティと呼ばれている人たちが、自分たちのすぐとなりにいるという空間を作り出すわけです。、また、バスそのものも、ミャンマー文化に触れることのできる高田馬場や、AIDSの研究所のある早稲田などを通っていく。そして、そういう過程を経て、観客は自分と他人の間にある境界線を意識することになるのです。これまでの常識や認識を揺さぶられた観客たちは街へ出て移動をする探検クルーズ。最後は、渋谷の倉庫を劇場に仕立てが会場で、マイノリマジョリテ・トラベルのメンバーによるパフォーマンスを見るという、なんとも大がかりな公演でした。 ―面白そうですが、それで公演として成立するのでしょうか。 いや、さすがにそれは、羊屋さんたちプロの腕が素晴らしいですね。キャラバンを繰り返す中で、さまざまな要素を拾って、かれらに演出を加えていったんでしょう。舞台の上で、かれらは障害やマイノリティである自分を演じるのですが、虚実入り乱れていて、どこまでが本当でどこからが嘘なのか、観客にはわからない。だから、観客はよけいに考えさせられるんですよね。 エイブルアート・オンステージの中でも、これはまだまだ相当イレギュラーな企画です。だけど、僕は、誰にもわかりやすい障害のある人たちのミュージカルもいいけど、本当は、こういう「事件」こそもっと起きてほしいと思っているんです。そして、僕らが今まで持っていた常識を揺さぶってほしい。意欲的な問題提起を含む取り組みが、プロの表現者が入ることで、単なる啓蒙や運動じゃなくて、芸術作品として提出されてゆくということがもっと起こってほしい。当日は、これを再現するのは難しいので、トークセッションという形で行います。 |
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障害のある人たちと作品づくりをしたいという アーティストがもっと増えてほしい |
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| ―実際に、プロジェクトに参加した障害のある人たちの意見は。 さまざまだと思います。障害にもよるんですけど、特別な効果を狙っているわけではないので、なんともいえないんですよね。ただ、最近、美術では、障害のある人たちが関わっていることも増えましたが、舞台芸術では、まだチャリティーの一環として客として招待される、みたいな関わりの方が多いですから、彼ら自身がステージに立つ経験をするというのは大きいと思います。健常者のように頑張るというのではなく、新しい発信として表現をする、という意識を持つ人がもっと増えてくれるといいですね。 ―5年間のプロジェクトの3年目ということですが、今、どのような成果と課題を感じていますか。 1年目は、まだ福祉的なアプローチが多かったのですが、2年目以降は、プロとしてやっているアーティストたちが入ってくれて、どんどん主体的な活動になっていったと思います。それは成果だったのですが、もちろん課題もある。障害のある人たちと組んで、いろいろやってみよう、という一般のアーティストをもっと増やしたいですし、一方では舞台公演はお金がかかりますから、かれらに関わってもらうだけの十分な支援金も必要です。 ―最後に、メッセージをお願いします。 障害のある人は福祉の対象で、表現においても持ち上げて評価してあげるというのが、まだ一般的です。僕らは、そのイメージを壊し、人間の可能性を見てほしい。その可能性を広げるために、アーティストと一緒に作品づくりをしていきたいんです。アーティストにとっても、今までに会ったことのない人と一緒にやるのは、刺激的だと思いますし、そういうゆらぎがもっと起きてほしい。 ぜひ、フェスティバルでの作品を観て、こんなこともありなのか、自分だったら、こんなことをしてみたい、ステージにたってみたい。そんな驚きと想いをもっていただけたら、最高に嬉しいです。 |
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| インタビューの最中、「エイブル・アート・ジャパン」の隣にある福祉グループのおばさんたちが、炊き出しのごはんを作りすぎたと言って、美味しい煮物やおもちを持ってきてくれた。それを太田さんは、「ちょうどいいですね、みんなで食べましょう」と言って、私たちにふるまってくれた。こうして人の輪が繋がっていく。太田さんの優しい笑顔と熱い言葉に触れながら、これが新しい芸術表現を生み出していく力になっているのだろうと確信した。 | ![]() |
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